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第三十三話 シノノメナギの恋煩い

 いつもどおり受付業務をこなす。
「お願いします。返却を」
 この声は……。

 次郎さんだった。わたしをじっと見てる。目を合わすとそらされた。

 わたしは彼が出した本を受け取る。
 彼の借りている本は恋愛系の本ばかりじゃない。人に気持ちを伝える方法とか、恋をしたときに読む本とか……借りる本は本人の関心を投影する、本当にわかりやすい。あら、一冊まだうちにあるようね……。
 確認すると返却されていない本は、恋愛指南の本。

「……一冊、お家にありますか?」
「は、は、はいっ。あの、なくても延長できますか」
「他の方からの予約がないので延長可能ですよ。プラス二週間」
「じゃ、じゃあ……」
 次郎さんのあたふたしてる感じがもう……。

「あ、あ、あ、の」
「はい」
 なんか次郎さん、いつもよりも変。とうとうわたしにアプローチ?!

「すいません。その、この間の返事は」
「……お気持ちは嬉しかったのですが」
「ですよね、忘れてください」
 と、彼はとぼとぼと図書館を後にした。なんか悪いことしちゃったかな。ちゃんと返事もできなかったし。

 ん?
 彼が借りていた本に何か挟まってる。いつもは返却作業の時に気づくのに。ダメね、よそ事をしていると。

 何が挟まっているんだろう。……名刺?
「すいません、借りたいんですけど」
「あっ、はい」
 わたしは違う利用者の人に声をかけられてついその名刺をズボンの中に仕舞い込んで受付作業に取り掛かった。


 昼前になり、わたしの休憩時間。常田は視聴覚室にて作業をしていた。パートの女性と楽しそうに。
 わたしより若い子……丸みもあって胸もある。彼氏はいないって言ってたなぁ。彼女も点字のことに長けていて信頼のおける人だよ、と常田が話していた。感じも悪くないし、仕事もできる。
 やだ、わたしもやきもち? むぅっ。こんな気持ちなのかな。常田も。

「あーいやんなっちゃうっ、あっ、梛おはよ!」
 夏姐さんが出勤したばかりのようだけど、カリカリしてる。
 だいたいカリカリしてる時は彼女が月に一回のあの日だ。もう10年近く一緒に仕事をしているし、彼女は堂々とこの時期はイライラして迷惑かけるわと言ってくれたから。

 こういう時は何があっても彼女を逆立てないのが一番。歩きながらカッカしてて。女の人は本当に大変だ。他のスタッフでもソワソワしたりメソメソしたり中にはフラットな人もいるけど。
 わたしは女じゃないから自分は体験できないけど理解はしているつもり。

 輝子さんが夏姐さんと入れ違いに入ってきた。彼女も昼休みか……なんとかやり過ごさなくては。彼女はきっと月に一回のものが無いようだ。

「もぉー夏目ちゃんったらわかりやすいわ。いくら宣言されたって不快なものは不快だわ……ねぇ、梛ちゃん」
 と笑いながら話す。相変わらず好きになれない。それにわたしに言われても……。返答を聞くなんてずるい手口。わたしは苦笑いするしかなかった。

「そうよねぇ、梛ちゃんには分からないものねぇ」
 ……ええ、一生わからないですもの。

「冗談冗談ーっ、私も若い頃は感情に振り回されてばかりで辛かったわよ。夏目ちゃんみたいに当たり散らしたいくらい」
 想像できるわ、今の様子だと。
「でも今はまだ理解があるたろうけど昔は理解してくれなくてさ、そんな顔するなら倉庫作業してろ! とかきつい仕事をさせられて。かと思えばトイレを行く時間を与えてくれなくて朝から立ち上がったらお尻が血だらけーってお昼の時にごめんねぇ」
 ……。

「だから夏目ちゃんみたいにああやってわかりやすくしてても周りはハイハイ、と分かり合えるこの職場はいいわね。私もそっとしてあげたいわ」
 ……輝子さんも意外といいところあるのね。て、一瞬の優しい姿見させられても。

「上に立つ夏目ちゃんがああやってやってくれるからか男性スタッフも理解してくれてるしね。本当に助かってる……ああ、私もあーやってすればよかったのかしら」
 えっ、輝子さんの嫌味キャラは昔からじゃなくて?

「前の図書館で働いてた頃は梛ちゃんみたいに、しおらしくしてましたわよぉ。それが結婚、子育て、介護を経て毒に染まってしまったわぁーオホホ」
 でも自分の口から言うのは説得力ない。

 ……たまに輝子さんと母さんがシンクロするんだよね。じゃあ母さんも昔はいい人だったの?

 な訳ないや。温めた弁当も冷え切ってるし。わたしは苦笑いをした。

 すると噂をしてたからなのか夏姐さんが事務所にまた入ってきた。何冊か本を持ってきて修繕をするようだ。あー、絵本もしわしわでページ抜けしてるし、他のもなんでこうしたらボロボロになるのかというのも多いが、たくさんの人に読まれて触られるからなんだよね。図書館の本ですもの、しょうがない。

「輝子さん、手が空いたら手伝ってもらっていい? ちょっとこれは輝子さんの技術ないと無理かも」
「うわー、これはかなり酷いわね。まかせなさいっ」
 夏姐さんも輝子さんも本の修繕は得意なのだ。きめ細やかな作業、わたしは不器用だからできない。むしろやるなと言われてる。

「梛、あなたもご飯食べ終わったら手伝って」
「えっ、わたしも?」
「これはノリを塗って貼るだけだから」
「はぁい……」
「なにやその返事ー」
「はいっ」
「ふふふ、よろしい」
 輝子さんも笑ってる。わたしはいいいじられ役ねぇ。わたしが男だったらここの中では尻に敷かれてたかしら。言い返せないし。

 わたしは男でよかったのか、女でよかったのか。女だから、男だからで社会で振り回される。
 母さんには女として産めばよかったとか言ってたけど……どうなんだろう。

 まぁ感情の波に振り回されたくないから体は男でよかったか。

 でもセックスするときに思うのは女がよかった、て思うけども。グルグルグルグル頭の中で巡らせていた。

続く

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