非常に珍しい古墳名である 江戸時代に命名された由来が高安に連れて帰る物語 俊徳丸鏡塚古墳 円墳15m高さ3.8m 六世紀

6世紀に造られた直径15m、高さ3.8mの円墳で、内部は右片袖式の横穴式石室 当地は謡曲弱法師(よろぼし)、浄瑠璃摂州合邦辻(せっしゅうがっぽうが)つじ)の舞台となった俊徳丸伝説の地である。 中世以降の俊徳丸伝承がこの古墳と思いき俊徳丸鏡塚古墳と呼ばれるようになった。高安の蔭山長者の娘は、これを聞いて四天王寺に参り、俊徳丸を尋問あてた。にその本復を祈願したところ、たちまち効用があって病が治り、二人は夫婦となり蔭山長者の家を継いで幸福に暮らした。のじょう)通俊(みちとし)が、盲目の俊徳丸を探し出し、高安に連れ帰る物語となっている。依頼で、實川延若(じつかわえんじゃく)(二代目)や松本幸四郎(七代目)、尾上菊五郎(六代目)など著名な歌舞伎役者が寄進した焼香台や手水鉢、灯篭の竿石がおかれている。 俊徳丸が摂津の四天王寺に通ったという道は、俊徳道(街道)と呼ばれている。

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