「ありがとう」と言えない苦しさ。「ごめんね」と言ってしまう苦しさ。
なんだか常に、申し訳ないって思っている。
なんだか常に、息苦しい。
なんだか常に、生き辛い。
ついつい、口をついて出てくる言葉が「ごめんなさい」になってしまう。
なんでわたしは、「ありがとう」が言えないのだろう。
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「日本人はよく『すいません』というけれど、『ありがとう』というべきだ!」
と外国の人や海外生活が長い人から聞く。
たしかに外国の人は、THANK YOUが多い。
言われる側も、「すみません」よりも「ありがとう」の方が気持ちがいいだろうな、と思う。
頭では思うのだ。
でも、何故だかいつも「すみません」と言ってしまう。
それよりも、「ごめん」「ごめんなさい」と言ってしまう自分がいる。
自分の発言が、誰かを不快にさせているんじゃないかって、常に自信がない。
強く振る舞って気にしないモード、の時もあるのだ。
その時は、不快にさせてるって心配は感じないし、なんなら「ありがとう」ともいえる。
でも、その時のわたしは、"わたし"ではないとなんとなく感じるのだ。
"わたし"であろうとするほど、不安が強い。
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5月にうつ病と診断されて、漠然と抱えていた生き辛さに向き合う時間を持った。
でも、向き合うことに正直 、疲れたのだ。
働けるなら働きたいと思った。
"わたし"ではないわたしで働いていた方が、楽なんじゃないかって思ったのだ。
「過労死してもいい。働きたい。」
それが、出した答えだった。
漠然と苦しくて、変わりたかったけれど、疲れたのだ。
「変わらなくていいと思ってる?」
変われるなら、変わりたい。
でも、変われないと思うのなら期待したくない。
期待することにも、変わることにも、ただ、疲れたのだ。
伝わらない。苦しい。
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変わりたいのだ。
”わたし”でありたいと思っている。
でも、それには常に不安がつきまとうのだ。
怒られる?
嫌われる?
ちょっと嫌だと思われた?
面倒だなって思われた?
不安と同時に、なんだか常に、申し訳ないって思う。
いちいち、相手の機嫌を伺ってしまうことも。
いちいち、反応を気にしてしまうことも。
信頼していないように見えるだろうなって思って、とっても申し訳ないって思ってる。
コルクラボの仲間を通じて 、本音を言える友達を作りたいと、本気で思っていた。
けれど、疲れてしまったのだ。
誰が悪いかって言ったら、わたしなのだ。
私が 「ごめんね」と言うことに、疲れたのだ。
優しくされたら、「私なんかにごめんなさい」
本音を言ったら、「私なんかがごめんなさい」
常に、生きてるだけで「ごめんなさい」って思ってる。
本当は「ありがとう」と言えたらいいなと思う。
誰よりも、言いたいと思っている。
だけど、「ありがとう」と思うよりも先に「ごめんなさい」と思ってしまう。
どんなに友達にあったかい言葉をかけられても、
「ありがとう」ではなくって、「(私なんかのために)ごめんね」と思ってしまう。
本当は、ありがとうと言いたいのに、どうしても「ごめんね」と思ってしまう。
「ごめんね」という度に、
「そんなことないよ。」
「言ってくれてありがとう」
「ごめんねって思わなくていいんだよ」
と優しい言葉が返ってきて、私はまた思うのだ。
「なんだか、ごめん」って。
ここは、「ありがとう」って言うべきだってわかってる。
言うべきだってわかってる。
だから何度か「ありがとう」と言ってみた。
それでもやっぱり苦しかったのだ。
私自身が、「ありがとう」って思えてなくて、それを思う前に「ごめんなさい」「申し訳ない」って思ってることに。
本音を言える友達を、本気で作りたかった。
だから、本音で「ごめんね」って言ったのだ。
でも、苦しかった。
「ごめんね」というたびに、相手を傷つけている気分になる。
大切な人が増えるほど、嫌われることが、いつか疎遠になることが、ものすごく怖くなった。
こんなに怖いなら、友達が居ない方が楽なんじゃないかって、思ってしまった。
大切な友達のために、偽って「ありがとう」というのか、本音で「ごめんね」っていうのか。
どっちも苦しかった。
何度か、本音で「ごめんね」を言って、またその反応を気にして、どうにもこうにも、自分に疲れてしまった 。
だからこう思った。
「過労死してもいい。働きたい。」
その方がよっぽど楽だと思ったのだ。
何度も訂正してくれる友達に申し訳ないって思う。
何度も「ごめんね」と言って、悲しませて、ごめんねって。
ラボのみんなはきっと、私のことは嫌わない。
でも、どこかでずっと、「いつかは、誘われない人になるんじゃないか」って、ゆるっとみんなが去っていく不安を、「ごめんね」という度に感じてる。
「ごめんね」ばかり言う人と、一緒に居たくないよねぇ…って。
そうやって、みんなのことを信頼しきれない自分にもまた、うんざりする。
みんなのことを信じきれなくって、ごめんね。
みんなに何度も優しい言葉を言わせて、ごめんね。
ありがとうって言えなくて、ごめんね。
「ありがとう」と言いたいけれど、「ありがとう」と思えていない自分が苦しい。
「ありがとう」と思えるようになりたいけれど、私なんかのために「ごめん」と思って苦しい。
誰を傷つける気持ちはないし、私だけが辛いとも思ってない。
ただ、ごめんと思ってしまうことが、苦しい。
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