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もう一度ご飯が食べれたら

もう一度ご飯が食べれたら。
小学校5年生になるめいのご飯を食べるお話。

第一章:食卓

「いただきます」

ペリッと音がなるビニール包装紙を剥がし、パチパチと弾けるようなプラスチックの蓋を開く。透明なシートを丁寧かつ素早く剥がした。

わ、今日は誰もついてこなかった!

とシートにへばりついてくる子たちがいないことを喜びながら、付属のからしとしょうゆを入れる。

固まっていた豆たちが、箸によって調味料と融合し、ねばねばと糸を引き始める。

良い香り!

この瞬間が、食事をするときの幸せの始まりだと思う。数十秒の混ぜ混ぜ時間を楽しんだら、一旦箸を置いて椅子から立ち上がる。ダイニングテーブルから数歩の距離にある炊飯器に近づき、開くボタンを押す。

ふわあっ

温かい蒸気と香りが顔を包む。お母さんには、髪の毛とかまつ毛が落ちるから炊飯器を覗き込むのはやめなさい、と何度も言われているけれど、どうしてもやめられない。でも今は注意をするお母さんも、告げ口をする妹もいないから平気。
ふっくらと炊かれた私の大好物に、しゃもじをそっと差し込み、軽く、そして優しく釜の底から剥がすように混ぜる。ほくほくと湯気が踊る姿を見ると、これから私に食べられることを喜んでいるみたい。
お気に入りの黒猫が描かれたお茶碗に、かるーくふんわりご飯を乗せて、納豆が待つ席へ戻る。

お待たせ!

テーブルの上でお行儀よく私を待っている納豆に一声かけながら、椅子に座る。お母さんには床が傷つくからやめなさい、と言われているけれど机に手をかけ椅子ごと体を引っ張る。ちょうど良いポジションにきた。

「いただきます!」

一度言ったような気もするけど、ここからが本番だ。丁寧に納豆をご飯の上に乗せ、軽く混ぜ合わせて口に運ぶ。

んー!美味しい!

口には出さないけど、心の中で叫ぶ。

一杯目は、純粋に納豆とご飯だけを楽しんで、二杯目はその日の冷蔵庫の中を見てから味変をする。明太子があれば、明太マヨ納豆。チーズがあればとろーりチーズ納豆。新鮮な卵があれば、生卵を入れてTKG。具材がなくても、ごま油を少し入れるのて風味を変えたり、ラー油を垂らしたりしている。私は大好きな納豆とご飯さえあれば毎日幸せだ。

「おはよう、お姉ちゃん」

「おはよう、まい」

二杯目のごま油納豆ご飯を食べていたら、妹とお父さんがリビングにやってきた。お母さんは、休みの日は何時に起きるか分からないので、いつからか自分で勝手に朝ご飯を食べるようになっていた。

「めい、今日はめだまやきがいー!」

「わかったよ。じゃあご飯よそって」

妹はケチャップで絵を描きたいがために、いつも卵焼きだった。何で急に目玉焼きなんだろう。でもいちいち器に入れて菜箸でかき混ぜなくてもいいから作るのが楽で良い!

「まいー!私の分も作って!卵2個使って半熟卵焼き!」

廊下から大声を出しながら、お母さんが起きてきた。

「あれ、お母さん早起きだね!」

「陽射しが暑くって起きちゃった。あれ、めいは目玉焼きなの?珍しい」

「めいねー、きょうねー、ゆめにメダマンがでてきたのー」

「メダマンって、目玉焼きの変なキャラクター?」

「あのね、メダマンがね、めいをのせてちきゅうをいっしゅうして、ほいくえんいってね、しゅうくんとれいちゃんものせるの!」

地球一周は置いておいて、急に人名と思われる単語がいくつも出てきた。れいちゃんはうちに遊びにきたことがあるけど、しゅう君って誰だろう。

「れいちゃんは分かるけど、しゅう君は誰?」

「しゅうくんはね、めいのかれしだよ」

保育園児が爆弾発言だ。

「はあ?彼氏?どゆこと?」

お母さんが箸を止めて、めいを見た。お父さんも口をあんぐりと開いてめいを見ている。

「かれしだよ、かれし!しらないの?ままはかれしいないの?」

説明が面倒なのか、お母さんが再び箸を動かし食べ始めた。

「ぱぱはかれしじゃないの?」

「彼氏だったけど」

過去形で返すと、めいがまた何か言いかけたと思いきや、お父さんが割り込んだ。

「彼氏の進化系がパパなんだよ」

「お姉ちゃんはかれしいる?」

お父さんの答えを無視して私にに話を振ってきた。でも私が答える前にまたお父さんが割り込んだ。

「いないよ!え、いないよね?」

「お父さん何真に受けてるの」

「だって、まい可愛いから……。クラスの男たちに騒がれてるでしょ?」

「人並みには可愛いと思ってるけど、別に騒がれてないよ」

お父さんは本当に親バカだなぁ。
でも私はそんなお父さんが大好きだし、家族揃った食卓での会話も好き。何時に起きてくるか分からないお母さんもいるこの食卓は、私の宝物。だからいつも食べ終わってても、みんなが食べ終わるまで一緒に食卓を囲んでいる。

お父さんとめいが食器を片付け始めていたので私も手伝おうと席を立つと、お母さんは真面目な顔でスマホに食いついていた。

「何してるのお母さん」

「ちょっと調べ物」

ピンポーン

「あ、amaponきた」

お母さんがスマホを置いて玄関へ向かった。そっと画面を覗き込むとこんなことが書かれていた。

[男女交際はいつから?令和の子供を持つ保護者の方へ]

お母さんは過保護だなぁ……。

第二章:教室

小学校6年生になった私は、毎日幸せじゃない。
私は人生に幸せを見出せなくなっていた。
小学校に入学しためいは、隣で鼻歌を歌いながら歩いている。

「お姉ちゃん、ため息何回目?」

「数えてないから知らない」

「ため息すると幸せが逃げちゃうってパパ言ってたよ」

別にいい。私の幸せはもう訪れないことがわかってしまったから。

「あ、れいちゃんおはよ!」

友達を見つけると私から離れていくめいを眺め、また深いため息をついた。
教室へ入ると、いつも朝礼ギリギリにやってくる担任が既に黒板に向かって何かを書き出していた。

「おはよう、まいちゃん!」

黒板を眺めながら席に着くと、隣に座るひまりちゃんが声をかけてくれた。

「おはよう、ひまりちゃん。今日なんで先生こんなに早いの?」

「なんか重要なお話があるんだって」

「そうなんだ、なんだろうね」

黒板を見ると、「豊かな食生活とは」「希望者」などの文字が見える。

「まいちゃん今日の朝ご飯何味食べた?」

「納豆味」

「……懲りないね」

「全然納豆食べた気しないけどね」

「せめてご飯があったら良かったのにねぇ」

「ほんと……。もう1年経つなんて信じられない」

「最初は私も大好きなパスタやケーキが食べれなくなるの、嫌だったけど、意外と慣れるもんだねー」

「私はまだ慣れないよ。いまだに夢に見るもん。炊き立てご飯に納豆と味噌汁を」

「あちゃー、それはつらい……」

キーンコーンカーンコーン

「はい、静かにー!今日は重要なお話があります」

鐘が鳴ると同時に、先生がパンパンと手を叩いて大きな声で喋り始めた。

「ちょうど1年前から、食事方法が変わったな。三浦、どう変わった?」

先生は目の前に座る三浦君に質問をした。

「普通のご飯がなくなりました」

「普通っていうのはなんだ?」

「唐揚げとか、餃子とか、ハンバーグとか、お魚も……」

「そうだ、じゃあその普通がなくなってみんなはどういう食事をしている?立花さん」

ひまりちゃんが名前を呼ばれる。

「はい、サプリメントや、飲むゼリーみたいなのになりました」

朝食べた納豆味のサプリメントを思い出して、思わず顔が歪む。

「そうだ。みんなは身を持って体験しているから分かると思うが、日本に住む人々の病気は大幅に減った。つまりみんながこれまでより健康になったんだ」

そう、食糧難を危惧した私たちの国は、野菜やお肉、お米、人々が主食としてきていたものを全てサプリメントで代用できるように動いた。最初はいろんな人が文句を言っていたけれど、健康的な献立を考えなくても、健やかに過ごせるという大きなメリットから、徐々に反発の声は減っていった。

「だが、以前のような目でも楽しみ、味わう食事がどうしてしたいという声もある。食事の時間が減ったから、家族との会話も減ったという声も出ている」

その通りだ。私は大好きな納豆ご飯を食べれないのが悔しくて辛くて、一時期餓死してやる!と大泣きして両親を困らせた。さらに、サプリは何かの作業中に口にできてしまうため、食卓を囲む必要がなくなってしまい、家族との会話もかなり減ってしまった。

「ただ、この施策が進められていない地域が一部ある。」

え!驚きの事実だ。

「どこですか!?」

思わず先生の話途中に声を上げてしまった。だってニュースでは全国の食事方法が変わったって。

「場所は非公表になってるから先生も知らない。これから説明するが、希望者はそこに移住することが可能だそうだ」

先生の話は要約するとこうだ。一部の小学校を対象に、希望者を元の食生活ができる場所へ移住する取り組みが発表された。それなら今すぐ家族に引っ越して貰えば良いと思ったけど、家族ごとの受け入れは不可らしい。なんでも受け入れ先の養子になって、一生その場所で生きていかないといけないとか。

「まいちゃん、行かないよね……?」

ひまりちゃんが心配そうに顔をのぞいてきた。

「私、ずーっとまいちゃんと学校楽しんできたのに、行っちゃったらすごく寂しい」

「ひまりちゃん……」

そうだ、大好きなご飯が食べられることは幸せだけど、そしたらもうひまりちゃんとも、お母さん、お父さん、めい、大好きな人たちとは一緒に過ごすことができなくなるのだ。

「私もひまりちゃんと遊べなくなるの寂しいよ……」

大丈夫、行かないよ。だからそんな悲しい顔しないで

私は、頭の中に浮かんだ言葉を声に出すことができなかった。

第三章:未来

小学校最後の夏を迎える私は、これから旅に出る。
数日前から、楽しみと悲しみがいっぱいで、泣いたり笑ったりしながら
荷造りを進めてきた。

大きな荷物は、既に移住先に送ってもらったから、今日はお気にりいの手提げ鞄ひとつだけ。

「まい、忘れ物ない?」

「うん、何回も確認したから大丈夫だよ」

お母さんは今日何度も同じこと聞いてきたけど、私はきちんと返事をした。
だって、お母さんの少し後ろにいるお父さんがすごく悲しい顔して見つめてくるから。
ちゃんと明るく笑って、良い子でいよう。

「お姉ちゃん、いやだよう、めい、ずっと反対だよう」

お父さんのシャツの裾で涙を拭きながら、めいが訴えかけてくる。
空港という場所柄、周囲の人々は泣いているめいを気に留めない。

「めい、もう泣かないの」

「そうだよ、昨日寝る前だってめちゃくちゃ泣いてたのに」

お母さんとお父さんがめいをなだめる。

「お姉ちゃん、めいに笑顔で見送ってほしいな〜」

「はぁい……」

めいは瞳に涙をいっぱい溜めながら、口をキュッと結んだ。

「まい、おいで!」

お父さんが両手を広げる。

「え?やだよ私来年中学生だよ!……じゃあ行くね」

あんまりにもしんみりした空気になって、私の方が泣き出してしまいそう。
ハグを強要されないためにも、迎えにきてくれた移住先の町長さんの元へ向かおうとした。

ドンッ

「お姉ちゃん!」

めいが走ってきて、体当たりをするように抱きついてきた。

「いった!ちょっと、めい、これお気に入りの服なんだから、鼻水つけないでよ!」

気持ちは嬉しいけど、ちょっと恥ずかしくて抗議の声をあげる。

「まい、食べすぎないようにね」

お母さんがめいと私に両腕を回してきた。

「まい、ずっと元気でね」

今度はお父さんが、お母さんの反対側から私とめいに両腕を回してきた。

「うん……」

ありがとう、お母さんもお父さんも元気でね、って言おうとしたけど、嗚咽を漏らしてしまった。
それでも頑張って笑って、家族にお別れをしてきた。

町長さんが待つ車に乗り込んでから、家族が見えなくなるまで手を振り、見えなくなった途端我慢していた涙がボロボロと落ちてきた。壊れた蛇口のように、両目から涙を流し続ける私に、町長さんは少し驚いていたけど、「そこにあるティッシュ好きに使って良いからね」と優しく声をかけてくれた。

お父さん、お母さん、めい、ひまりちゃん、食いしん坊でごめんね。
心の中で大好きなみんなに謝った。

「まいさん、そろそろ着きますよ」

「?!え、あれ!?」

「急に声かけてごめんねぇ、かなり熟睡していたね。泣き疲れちゃったかな」

私はいつの間にか眠っていたらしい。右手には涙を拭いていたであろう乾いたティッシュが握り締められていた。

「今日は天気良くて良かったねぇ」

「はい!」

ああ、私が住むのはどんな場所なんだろう。
どんな人たちが迎えてくれるのかな。
最初のご飯は何かな。
納豆が好きだってプロフィールに書いておいたから、用意してくれてるかもしれない!

「なんだか急に元気になったみたいだねぇ」

町長さんが微笑んだ。
さっきまでの悲しい気持ちは、涙と一緒に流れていったらしい。
もうワクワクしかない。

「ちょうど夕陽の時間帯だから、荷物を持って歩いて向おうか」

町長さんが車を停めて、助手席のドアを開けてくれる。

「はーい、わかりました」

少し暑いけど、狭い車で寝ているだけだったので、外の空気が新鮮だ。

「先まで行ってごらん」

頷いて、早足になる。初夏を感じる風が吹いた。
お父さんが買ってくれた麦わら帽子が飛ばないようにぎゅっと押さえる。

「わあ、綺麗……!」

麓を見ると、キラキラ輝く水面。
きっとあれがお米だ。
私は、これからの幸せに向かって、今の気持ちを精一杯叫んだ。

「いただきまーす!!!!」




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