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一万年の眠り(1)~はじめに~


 ユヴァル・ノア・ハラリの著作「サピエンス全史」によると、人類は今から250万年前に地球に出現し、20万年前にホモ・サピエンス(つまり私たちの種)に進化した。その後ヒトの遺伝子はほとんど変化していないが、文明のスタイルは大きな変革を遂げ、現在に至っている。

 ホモ・サピエンスの最初の大変革は、今から約1万年前に起こった。田畑を耕す農耕革命と、牛や馬を放牧する牧畜革命だ。これらによってヒトは動物・植物を飼い慣らすことができ、食料を備蓄できるようになった。これがヒトの生産性を大幅に高め、集団の規模は飛躍的に拡大した。そしてその延長線上に、現在の工業化・情報化社会がある。
 特に18世紀に起こった産業革命以降は、その環境変化があまりにも急過ぎたため、遺伝子で決定される人の身体・脳の機能がその変化についていけず、そのことが個人にストレスを生じさせていると考えられる。(これは、近年の「進化心理学」の前提となる考え方だ。)

通常、狩猟採集時代は「原始時代」とか「石器時代」などと呼ばれていて、一般的には<文明以前>と認識され、暗く貧しいイメージが強い。 しかし、アフリカの狩猟採集民を調査した本「森の狩猟民 ムブティ・ピグミーの生活」(市川光雄 著、1982年)を読むと、確かに彼らは物質的には貧しいのだが、森の豊かな恵みを受け、溌剌とした生活を送っている様子がうかがえる。 このような「森の民」たちは、ある時期から(寒冷期により森林が縮小した、あるいは逆に熱波による山火事で森が消失したために)森を出て世界各地に分散し、農耕や牧畜を始めた。そしてその子孫は文字を発明し、後に帝国や世界宗教を生み、19世紀以降は自動車、飛行機、インターネット、スマートフォンなど文明の利器を次々と発明して現代に至っている。 この1万年間続いた、人類の“試行錯誤“は結局のところどうだったのか?その発展の過程で何を得、何を失い、何が変質してしまったのか?

 確かにヒトの社会は、物質的には格段に豊かになり、欲望は満たされ、平均寿命も大幅に伸びた(幼児の死亡率が劇的に低減した)。疫病や大けがをしても、助かる見込みは充分に高まった。しかしその一方で、
・格差の拡大
・異常気象の多発
・世界大戦・核の恐怖
・ノイローゼ、ウツ病、統合失調症などの精神疾患の増大
・共同体の崩壊、仲間とのつながりの喪失
といった新たな課題を生んでいるのも事実だ。これらの課題は、人類発生当初からあったわけではない。少なくとも市川氏の著書を読む限り、ザイール(現在のコンゴ民主共和国)のイトゥリの森に棲息しているムブティ・ピグミーたちにとっては、およそ関知しない類いの悩みなのだ。これらをどう考えればよいだろう?

本稿では、狩猟採集民と現代人との間に横たわる、以下の4つの大きな相違点に着目し、そこから見えてくるものを考察してみたい。

1. 森の恵み
2. 定住生活
3. 狩りの本能
4. バンド社会

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