浮島丸事件・韓国訪問レポート
韓国で浮島丸事件(※)の問題に取り組む諸団体の招待を受けて、7月16日から20日まで韓国を訪問しました。
※浮島丸事件=終戦直後の1945年8月24日、朝鮮人徴用工らを帰国させるために青森県の大湊港を出港して韓国の釜山港に向かっていた海軍特設輸送艦「浮島丸」が京都・舞鶴湾で爆発・沈没し、500人以上の朝鮮人と日本人乗組員25人が犠牲になった事件。
厚生労働省は今年3月、私の情報公開請求に対して、「浮島丸乗船朝鮮人名簿」などと表紙に記された文書を開示しました。日本政府はこれまで、浮島丸事件の乗船者の名簿は「存在しない」と遺族らに説明してきました。しかし、実際には名簿は存在していたのです。
5月に共同通信がこれを記事にして配信すると、韓国でも報道され、すぐに韓国の遺族会の代表の方から人を介してメッセージが届きました。そこには、感謝の言葉とともに「ぜひ韓国に招待したい」と記されていました。私は、乗船者名簿の件について韓国のご遺族の方々に直接説明したい、またご遺族の方々から話を聞きたいと思っていたので、訪韓を快諾しました。
韓国では、遺族会だけでなく様々な団体が浮島丸事件の問題に取り組んでいます。これらの団体が連携して7月17~19日の3日間、ソウルと釜山で討論集会や懇談会などを開催してくれました。
詳しいレポートは後日改めて発表するつもりですが、まずはこちらで概要を報告させていただきます。
国会議員会館での「真相究明を求める討論集会」
7月17日には、韓国の国会議員会館内で「浮島丸爆沈事件の真相究明に向けた韓日共同対応と戦略模索」と題する討論集会が、遺族会を始め浮島丸事件の問題に取り組む様々な団体の共催で開催されました。中心になって準備したのは、「浮島丸事件憲法訴願請求人代表者会議」(韓国政府が浮島丸事件の問題解決に取り組まずに放置しているのは憲法違反だとして、2020年に憲法裁判所へ審査請求した市民グループ)です。
討論集会には、最大野党「共に民主党」から3人の国会議員も参加しました。
同党の「歴史と正義特別委員会」の共同委員長を務めるイ・スジン議員は「日本政府はこれまで浮島丸の乗船者名簿がないと嘘をついてきたことについて解明し、謝罪しなければならない」と述べ、「韓日両政府は浮島丸事件の真相究明に積極的に乗り出し、遺族たちの心をはかって遺骨の奉還協議を急がなければならない」と強調しました。
キム・ヨンマン議員は「日本政府は乗船者名簿の公開とともに聖域のない真相究明に協力しなければならない。韓国政府も、日本政府が保有する名簿が開示された以上、(全面的な)公開及び真相究明を促すための外交努力に力を尽くすべき。遺族も高齢化しており、残された時間は長くない」と訴えました。
私は、情報公開制度を使って乗船者名簿の存在を突き止め開示させた経緯を説明し、「浮島丸事件は日本が戦争遂行のために朝鮮人を強制動員していなければ起きておらず、日本政府には説明責任がある。乗船者名簿はもちろん、厚生労働省が保有する浮島丸事件に関する約700の公文書も開示し、説明責任を積極的に果たしていくべき。過去の歴史に向き合い誠実に責任を果たさなければ、真に『未来志向』の日韓関係は築けない」と発言しました。
日本からは、私のほか、1990年代に遺族らが日本で起こした「浮島丸訴訟」で原告代理人を務めた山本晴太弁護士と、浮島丸事件で犠牲になった朝鮮人の遺骨が現在も仮安置されている祐天寺(東京都目黒区)で毎年追悼会を開く取り組みを続けている(今年で36回目)小林喜平さんが発言しました。
長年、元徴用工など戦争被害者の救済のために活動してきたチェ・ボンテ弁護士は、韓国の国会で浮島丸事件の真相究明を求める決議を採択すること、そして真相究明のための韓日合同委員会を立ち上げることを提案しました。
浮島丸爆沈韓国人犠牲者追悼協会のキム・ムンギル顧問は、日本政府が機雷への触雷とする爆沈理由についても多くの疑問点があるとして、真相究明の必要性を訴えました。
討論集会には、「浮島丸訴訟」の原告の一人チョン・スンヨルさんをはじめ、遺族の方も数人が参加しました。 浮島丸事件で犠牲になった父親の写真を持って参加したキム・ジングクさんは、「農業をやりながら父のことを思い出す。今でも『日本は何という国か』という気持ちを抱えている。人は正直に生きないといけないと思う」と語りました。
短い準備期間にもかかわらず国会議員も参加しての有意義な討論集会を準備してくださった主催者の皆さま、特に中心になって準備にあたったキム・ミョンシンさん(「浮島丸事件憲法訴願請求人代表者会議」共同代表)には心から感謝申し上げます。
大韓弁護士協会日帝被害者人権特別委員会でのレクチャー
2日目の18日は、大韓弁護士協会(日本の日弁連に当たる組織)の「日帝被害者人権特別委員会」でレクチャーをしました。
日本軍「慰安婦」訴訟の弁護団長なども務めたイ・サンヒ委員長をはじめ委員の弁護士の先生方に30分ほどレクチャーを行い、その後、質疑応答を行いました。
大韓弁護士協会は昨年、韓国政府に対し、浮島丸事件を韓国国民ならば必ず知っておくべき歴史として認知させる努力を行うとともに、遺族のための措置に乗り出すよう要請したといいます。
このたび乗船者名簿の存在が明らかになった事態を受けて、改めて韓国政府に浮島丸事件の問題解決のために積極的に役割を果たすよう要請する方針です。
心温まる釜山での交流ー韓日市民の協力で東北アジアの平和を
3日目の19日は、釜山空港のすぐ近くにある「東北アジアの平和&浮島丸犠牲者追悼協会」の事務所で同協会のメンバーや遺族会の方との懇談会でした。これは元々スケジュールに入っていなかったのですが、前日に急遽セッティングしていただきました。
急な開催にもかかわらず、15人近くの方が参加してくれました。
特に嬉しかったのは、浮島丸事件の遺族会のハン・ヨンヨン会長とお会いできたことです。共同通信の報道の直後に、私を韓国に招待してくださった方です。ソウルの国会議員会館での討論集会には所用でお越しになられなかったので、ここでお会いできて嬉しかったです。
ハン・ヨンヨンさんは、乗船者名簿の件で浮島丸事件に再び光が当たっているこの機会を生かして、日本に残されたままになっている朝鮮人犠牲者の御遺骨の返還を何とか実現したいと話されました。ハン・ヨンヨンさんは現在82歳。「もう私は長く生きることはできないので、父親の骨くらいは韓国に持って帰りたい」という言葉が心に刺さりました。
追悼協会のキム・ヨンジュ会長は、「遺骨の発掘と返還は『死者の人権回復』だ。私たちはこれをジュネーブの国連人権理事会にも請願した。韓国と日本の市民が協力して真相究明と遺骨の発掘・返還を進め、浮島丸事件のユネスコ世界記憶遺産への登録を実現しよう」と呼びかけました。
追悼協会は11月20日に、釜山市内にある国立日帝強制動員歴史館で「第3回東北アジア平和国際カンファレンス」の開催を計画しています。 キム・ヨンジュ会長は「真相を究明し歴史的正義を実現しようとするのは不幸な歴史を繰り返さないためである。この問題で韓国と日本の市民が協力することは東北アジアの平和の基盤となるし、世界平和にも寄与する」と強調しました。
私もキム・ヨンジュ会長のこの考えに深く同意します。過去の戦争の歴史に誠実に向き合うことが、未来の平和を創り出すのだと思います。「過去の負の歴史に蓋をすることは、本当の『未来志向』とは言えない」――私からもそう伝えました。
懇談会の後は、キム・ヨンジュ会長が経営するレストランで夕食をご馳走になりました。韓国の家庭料理のスープ(名前を忘れてしまいました)が最高に美味しかった!お酒も進み、心温まる交流の時間を過ごすことができました。最後は、11月20日の東北アジア平和国際カンファレンスでの再会を約束して別れました。
日本でも関心を高め、世論を喚起する取り組みが必要
今回の韓国訪問では、遺族をはじめ多くの人から「乗船者名簿を見つけ出してくれてありがとう」と言われました。もちろん自分のやった仕事をこのように評価してもらえるのは嬉しいことですが、それ以上に申し訳ない気持ちになりました。なぜなら、本来なら真っ先に遺族の方々にお示しすべき乗船者名簿を「存在しない」と偽り、79年間も封印していたのは日本政府だからです。日本国民の一人として、私はむしろお詫びしなければならない立場です。
今回韓国を訪問して意外だったのは、韓国でも浮島丸事件はあまり知られておらず、関心もけっして高くないという事実です。浮島丸事件に対する韓国政府の動きが鈍い理由の一つは、国民やメディアからのプレッシャーが弱いところにあるのではないかと感じました。
だからこそ今回、私を韓国に招いて国会議員会館での討論集会などを開き、再び浮島丸事件に光を当て、国民やメディアの関心を高めようと考えたのだと思います。
日本政府は、韓国政府からの要請があればマスキングを外した乗船者名簿の提供も検討すると表明しています。だから、韓国の浮島丸事件の問題に取り組む人たちは、国民やメディアからのプレッシャーを強めて韓国政府を動かそうとしているのです。
しかし、浮島丸事件は日本が起こしたことです。たとえ不可抗力の事故であったとしても、日本が朝鮮半島を植民地支配し、日本の戦争に朝鮮人を強制動員(徴用)していなかったら起きていなかった悲劇です。日本政府には、この事件について遺族や韓国政府に説明する責任があります(※北朝鮮にも遺族がいる可能性があるので北朝鮮政府にも)。韓国政府から要請がなくても、自ら説明するのが筋です。
日本政府にそうさせるには、国民やメディアからのプレッシャーが必要です。
日本でも国会議員会館での討論集会や市民を対象とした講演会などを開き、関心を高めて世論を喚起する取り組みができたらいいなと思います。韓国と同様、野党の国会議員や弁護士会からも政府に働き掛けてもらいたいです。
私の目標は、500人以上の朝鮮人が犠牲となった浮島丸事件を正しく歴史に残し、犠牲者のご遺骨を最大限ご遺族や故郷にお返しし、風化させずに語り継いでいくことです。これを実現するためには、多くの皆さんの力が必要です。どうか力を貸してください。
最後になりますが、私を招待していただき、様々な発表や意見交換の機会を設けていただいた韓国の皆さま、現地で通訳をしていただくなどサポートしてくださった皆さまに心から感謝申し上げます。
また、今回の韓国訪問にあたり、日本の約50人の市民から80万円を超えるカンパを寄せていただきました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。余ったお金は浮島丸事件の真相究明のための取材費や調査費などに大切に使わせていただきます。