せっかくの呪文
なんとはなしにストレスが溜まっている。そういう時は何でもない人と何でもない話をすると気が紛れることがあり、気まぐれに占いに行ったりする。
先日行った占いでは、一人旅でもしてみてはどうですか?と言われた。
とても魅力的な提案である。実は前々から、たまにはのんびり一人旅、良いなあと思ってはいるのだ。
が、同時にたぶん実際に行くことはないだろうなとも思うのである。一人でいるのは苦ではないはずなのに、旅行となると、とかく苦手なのだ。
少し前、所用があって久々に横浜へ行った。
しかしもともと観光などする暇はなく、用を終えれば1泊して帰るだけなのだが、『せっかくだから』少しは旅行気分を味わいたい。ということで、少し高級なホテルを予約したのだった。
この手のホテルには珍しくお洒落な大浴場があり、1階のパブでは特撰のクラフトビールが味わえるという。『せっかくなので』このくらいは堪能しておきたかった。
ホテルに到着したのは夜9時半頃。遅めのチェックインを済ませると、その時はまだGoToキャンペーンをやっていて、そこそこな金額分のクーポン券をもらえた。これは『せっかくだから』活用せねばならない。普段は行かないタイプの飲食店に挑戦してみるのもいい。
しかしもう時間も遅い。この『せっかくの機会』を無駄にしないためには少し急ぐ必要がありそうだ。
かくして、焦る気持ちのまま改めて外に出て周囲を散策してみるも、時間的にもホテルの立地的にも、クーポンを使えそうな飲食店がほとんど終わっていたのだ。そうこうするうち、折しも到来中の寒波に身体がやられ、震えが止まらなくなってきた。これはまずい、まずは大浴場で身体を温めるのが先だ。残念だが、クーポンはホテルのパブで使えばいい。
時間は夜10時過ぎである。ガタガタと震えながらホテルに戻り、ふとパブの案内を見ると、なんと10時ラストオーダーの11時閉店と書いてある。え、もうすでに無理じゃん。嘘だろ。そんな早く閉まるの?こういう店ってたいてい深夜営業してるんじゃないのか。
どうやら初心を貫き、先にパブへ行くのが正解だったらしい。事前に想定していた楽しみすら消え、ショックにしばし立ち尽くすも、あまりに寒くてひとまず大浴場に向かうより選択の余地はなかった。
かくして向かった大浴場、なるほど広く設備も充実しており、リラックスできそうなムードが満載だ。
しかしその浴槽に浸かりながら僕の頭の中を占めていたのは、外食もできない、パブにも行けない、想定していた『せっかくの機会』を最大限に堪能できなかった後悔と僻みだけ。そしてこのマイナスをどうしたら取り戻せるかいう気持ちの焦りばかりであり、まさしく本末転倒、『せっかくの』浴場を全く楽しめなかったことに気付いた僕は更に気分を落ち込ませたのだった。
ことほどさように僕が一人旅をすると、せっかくだからとあれやこれや色々やろうとした結果、全て裏目ることが多い。
改めて、僕には旅を楽しむ才能がないのだろう。旅行、ましてや一人旅など、徒然なるままを落ち着いて楽しめばいいのだ。にもかかわらず僕は、その場の楽しめそうな要素をすべてノルマのようにこなすことに気を取られ、さもなくば失敗だと思って勝手に凹んでしまう。
これはもう一人旅ではない。「せっかくだから!」と強引に人を連れ回し、あげく「あーあ、お前のせいで全部回れなかったよ」とのたまう『せっかく太郎』との二人旅である。忙しなく気の合わない「奴」に手を引かれて付き合ううち、楽しむことそのものが義務化していくのだ。
やっぱり旅行は実在の誰かを誘って行くことにしよう。この日、「のんびり一人旅」への憧れは捨てようと改めて決意したのだった。
手付かずのGoToクーポンはその後、結局ホテル内のコンビニでカップ麺と缶チューハイに消えた。高級ホテルの部屋で、湯の沸く電気ケトルを前に少し泣いた。
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