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 資源を巡り各国が争った世界大戦。戦闘による荒廃は輸送にも大きな影響を与えた。
 空路は潰れた。まず燃料が無い。最重要資源である石油設備は資源戦争の戦地となり、もはや需要を満たすほどの生産力は存在しない。電波航法も無い。衛星は大量の宇宙デブリで、地上局はそれ自身が誘導したミサイルで破壊された。今は航空機といえば一部の軍隊が運用しているだけで、それすら頻繁に使われることは無い。
 海路はかじろうて生きている。蒸気船の普及とともに消えていった帆船が復活し、航海士は星を見て現在地を知る。――流石にモーター推進によって補助され、六分儀は電子化されスタートラッカーに形を変えているが。
 そして陸路だが、戦前と比較すれば半分にも届かない量とは言え戦前と変わらない形で輸送が行われていた。これには二つの理由がある。一つは戦前から電動トラックが普及していたことで、燃料の供給が断たれても車両を動かし続けることが出来たから。もう一つは、地上では道という目印を辿っていけば、目的地に辿り着くことが出来るからである。勿論、道路も戦争目標にされ、戦争終結直後はどこの道にも穴が空いていた。しかし、主要都市を繋ぐルートは概ね復旧しつつある。その理由の一つが、International Infrastructure and Security Organization、通称IISOによるインフラの整備支援によるものである。
 さて、陸路が主要な輸送手段となり、かつ街の外は文字通り無法地帯となった今、サボス(Sabo’s)と呼ばれる、荷物を狙って運送業者を襲撃する無法者達が発生した。当然業者側も隊列を組む、護衛を付ける等対策を取った。が、それは比較的大きな組織にしか出来ない対策だった。”ポーター”と呼ばれる輸送専門のフリーランスや、戦後数を増やした便利屋達は、少人数故の身軽さと”運”のみが取れる対策だった。

 そこは大型トラックが難なくすれ違えるほど幅広く、かつアスファルトで丁寧に舗装された道路。街と街の間はその規模によって、お金を掛けて整備された舗装路から、未舗装だが車が通ることが可能な畦道、そして車両が通れない、人や歩行型アンドロイドのみが通れる獣道まで様々な種類の道で繋がっている。今現在、舗装されている道は多めに見積もって2割といったところで、戦前と比べても見劣りしないこの道は幹線道路…2000年代の日本でいう1級国道に相当する。
 そんな道路を一台の車両が通っていく。クルーザーと呼ばれるような長距離向けのがっしりとしたバイク。それを操縦するのは白いジャケットに黒いパンツ、側面に赤が入ったフルフェイスヘルメットを被った男だった。
 その顔を外から伺うことは出来ないが、その状況から相当な焦りが察せられる。近づいて見れば、新品であれば相応の輝きを魅せるであろう車体には銃撃を受けた痕がいくつもあり、白いジャケットは煤けて灰色に近づきつつある。
 原因は明白。バイクの後ろからは、明らかに規格の異なるパーツを使って補修された継ぎ接ぎのバギーや、荷台に重火器を搭載した、所詮”テクニカル”と呼ばれる改造トラックが、荷台や側面にサボス達を満載して追って来ている。
 これは、運に見放されたこの世界ではよくある話。

 とはいえ、輸送中に襲われることは多々あれども命まで取られる例はそこまで多くない。荷物を捨てれば多くの場合見逃される。奪う側としても、下手に追いつめて貴重な物資が破損しては意味がないからだ。また、戦闘用車両…特に改造車は最高速度が落ちていることが多く、速度に重きを置いた輸送向けの車両であれば逃げ切ることも不可能ではない。実際、このバイクも本調子であれば十分引き離せる速度が出せるはずだった。
 「くそっ、こいつが狙いか!やっぱり怪しい依頼は受けるもんじゃないな!」
 ちらりと荷台を見て、フルフェイスヘルメットの男は呟く。バイクの後部には、煤けた車体と対比するように銀色に光る輸送用ケースが乗せられていた。
 昨日、男に割のいい仕事として持ちかけられたのは、陸路で2日ほど離れた街に、この片手で持てるサイズのケースを”確実”に運ぶことだった。その簡単な仕事内容と報酬の不釣り合いさに多少は警戒していたものの、丸一日何も起こらないことに若干の油断をしていたことは事実だった。
 道路脇からの突然の銃撃によって動力源であるバッテリーと動輪が損傷した。”ますきゃっとすら追い越す!”という謳い文句に乗せられ購入したバイクも、今は最高速の半分も出してくれない。後悔しながら限界までアクセルを開く。健気にもバイクはそれに答えようと一瞬回転数を上げるが、直ぐに元に戻ってしまう。後ろを見れば、先ほどよりも車間距離が縮んでいる。
「捨てるしかないか…!畜生、違約金なんて考えたくないぞ!」
 少し前から発砲は止んでいる。しかしそれは優しさではなく、獲物を傷付けずに捉えようとする狩人の思考によるものだと思われた。命まで取られる例外、荷物を捨てずに捉えられた場合…無駄な時間を取らせた相手に対し、法の無い世界で生きる彼らがどのような扱いをするかは考えたくなかった。
 ちょうど前方に分岐点がある。あそこで遠くに投げた隙に…などと考え始めたその時、前方から大声がした。
「頭を下げろ!」
 反射的に頭を下げる。頭上を何かが通り過ぎる感覚がしたかと思うと、後ろから爆発音が鳴り響く。そろりと振り返れば、一番近づいていたバギーがひっくり返っていた。
「なんだか知らないけど、襲われてるのはアンタの方だよな?」
 横から声を掛けられ振り向くと、そこにはリバーストライクに跨った滅紫のますきゃっとがしかめ面でこちらを見えていた。

 右手には十分に手入れをされたアサルトライフル。胸のタクティカルリグには予備マガジンに手榴弾、各種携行品が揃い、バトルドレスに淡く光るのは、正規の整備を受けた証であるIMRの紋章。どこかの企業に所属するますきゃっとであることは明らかだった。
 ますきゃっとは直ぐに返事が返ってこないことを見て、男に後ろめたい何かがあると判断したらしい。
「後ろのやつらはお仲間?なら帰るけど。」
「…いや、違う!何も知らん!荷物を狙われて襲われてる!」
「それはそれで荷物に何かありそうな…。まぁいい、アタシは沙理。助けてやる。」
そう呟くとその場で180度ターンを決め、何を思ったか改造トラックに突進してく。
「なっ…」「早く逃げる!」
激突を避けようとトラックの運転手はハンドルを切る。が、沙理もそれに合わせる。トラックとトライク、字面は似ているが、運動性能はトライクの方が上である。
凄まじい音と共に正面から衝突するトライク。トラックに乗っていた面々には目を瞑ってしがみつく者もいれば、怪我を承知で飛び降りる者もいた。どちらも人間として正しい行動であるが、前者はこの場では間違った行動だった。
「よっ!」
 衝突の直前に沙理は跳躍する。体操競技であれば満点が貰えるほどの綺麗なフォームから、選択を誤った者たちに銃撃が浴びせられる。サボス達もやられっぱなしではない。飛び降りた中で幸運にも無事な者達は跳ね起きて銃を向けようとする。だが、射撃補助装備が無い人間ではますきゃっとに敵わない。ろくに照準が合わないまま撃たれた銃弾は空を切り、お返しの鉛玉や拳を食らう。
 このままサボス達が一掃されるかと思われた次の瞬間、トラックの後ろから黒い影が飛び出す。その影は勢いのまま沙理に襲い掛かり、ブレードを叩きつける。
「野良のますきゃっと…」
「そういう貴様は企業の猫かっ…!」
「一緒くたにされても…一応中立機関なんだけど。」
薄墨と滅紫のますきゃっとが何度も刃をぶつけ合う。その苛烈さに介入出来そうにないことを察したサボス達は、銃の狙いをこの場から去りつつあるバイクに定める。
「まずい…!撤退する!」
「逃がすかぁ!」
沙理が全力でバイクが走り去る方角へ跳躍する。当然、薄墨のますきゃっとは追撃しようとするが、そこに沙理は懐から出した何かを投げつける。
「そんなものっ!」
剣先が音速に達するほどに高速でブレードを振るますきゃっとにとって、音速以下で飛んでくる物体に対処するのは容易なことである。事実、薄墨のますきゃっとはそれをブレードで難なく両断し、そのまま前進しようとした。はずだった。
「…あぁ、そうするか。そりゃ選択ミスさ。」
一面を光が包む。それが漆黒のますきゃっとが最期に見た光だった。
トラックから飛び降りた後、運悪く気絶していたサボスが居た。その一人が意識を取り戻して体を起すと、そこには倒れこむ人達、無残に破壊されたバギーとトラック、そしてボロボロのますきゃっとだけが残っていた。

道路を少し外れた、雨風を凌げる場所に二人はいた。
限界まで酷使したバイクに応急処置を施し終えた男は、ヘルメットをかぶったままの顔を沙理に向ける。
「遅くなったが、助かった。…あのままだったら荷物を捨てて逃げる羽目になってた。」
「帰り道でたまたま目についただけさ。アンタの運が良かった。それに…」
沙理はバイクから下されている荷物に触れ、何かを読み取る仕草をする。
「形状からもしかしたらと思ったら…これ、ウチの基地宛てだね。」
「…なんだって?」
二人は目を合わせる。
「ちゃんと名乗ろうか。アタシはIISOのますきゃっと部隊所属、No.201の沙理。」
”ほら、部隊章”と言って、肩のマークを見せる。
「成程、あのますきゃっと部隊か…フリーランスがこんな大企業に助けられるとは。」
「あー、誤解されがちだけどウチはそういうのじゃない。どこにも属さない中立機関だ。ま、所属してるアタシが言うのもなんだけど。」
「そうなのか?IMRやアンドロイド系会社と繋がってるんじゃないかって噂ばかり聞いてな…いや済まなかった。お詫びと言っちゃあ何だが、街まで乗っていくか?ますきゃっとなら走った方が早いんだろうが。」
「特に急いで無いし、助かるよ。それに、トライクを壊した上に足まで壊したら、整備のやつらに何言われるか。」
「決まりだな。じゃあ後ろに乗ってくれ。」

道に戻ったバイクは徐々にスピードを上げて走り出す。幸いにも心臓部にダメージは無く、速度は出ないものの十分街まで持ちそうだった。
ゆっくりと運転しながら、ヘルメットの男が喋り出す。
「アンドロイドが絡む戦闘は何度か見たことがあるが、ますきゃっと同士は初めてだったな。」
「見てたのか。…修羅場は潜ってきてるみたいだね。アンタ。」
「一応探偵なんだが…色々と依頼を引き受けてるとな。」
そこに”尤も”と付け加え、躊躇いがちに言葉を吐き出す。
「自分の為に殺したことは無くてな…」
「あぁ…アンタを守る為にアタシがアイツらを殺したことを気にしてるのか?」
「…多少は。」
「そうか…」
それを受けて、沙理は自嘲するように話し出す。
「正直に言えば、人を殺しても余り嫌な気分にはならない。…ま、”良いスコア”を出すことに快感を感じるのがアタシ達なのさ。」
「…」
「別に人を殺すことに思うところが無いわけじゃない。普段は人を殺そうなんてこれっぽちも思わないさ。」
「…ならなんでますきゃっと部隊に?」
沙理は”簡単な話さ”と前置く。
「”生きてくため”」

 日が落ち切る前、多くの人が夕食を求めに出掛ける頃に、二人は目的の場所に辿り着いた。街へ続く道路上を横切るように等間隔で立っているポールは都市の外と内の境界線の上にあり、その内側は法によって統治されていることを表している。即ち、荒くれ者達がこの先追ってくることはないということだ。僅かに速度を緩めつつバイクがポールの間を通過すると、近接センサーがそれを捉え、スキャン波が放たれた。
「”スキャン開始。臨時IDを確認します、ID認証、クリア。マスキャットフォースIDを確認、ID認証、クリア。武装を一時ロックします。”」
 コンクリートに変わった地面上には、ホログラムで配送場所へのラインが浮き上がっている。そのまま道筋に沿ってバイクを進め、配送センターの中へ二人は入っていく。
「大きいな…」
「これでも主要部分は地下に埋まっているらしい。良く知らないけど。」
 センター内には無数のコンベアが絡み合う配送設備、積み込みや積み下ろしを行っている数台の大型トラック、そしていくつかの端末があった。ヘルメットの男は空いていた近くの端末にバイクを寄せて降車し、荷物を納品しようと端末を操作する。
 そして納品口にケースを置こうとしたとき、横の通用口からやや背の高い紺青の髪の人物が現れた。
「お疲れ様です。うちの子がお世話になったようで…」
「…あんたも、ますきゃっと、か?」」
「えぇ、ますきゃっとですよ、耳を尻尾も無いから分かりづらいでしょうけど。あぁ、荷物は私が受け取りますよ。」
そう言って、紺青のますきゃっとは手を出す。男は沙理をちらりと見る。彼女が頷いたのを見て、僅かに逡巡しつつもケースを手渡した。
「…ケースは多少傷ついていますが、中身は無傷のようですね。途中で襲われたりしましたか?」
「あぁ、途中サボス達に襲われて傷ついちまったが、お宅の沙理に助けられた。」
「そうでしたか。バイクも大変傷んでいるようですね。良ければうちの整備班に修理させますよ。」
「いや、「受けても良いんじゃない?うちの整備班は腕は確かだ。…性格はともかく。」
沙理が口を挟む。
「おやおや、どうやら旅の途中で打ち解けられたご様子で。是非今後とも良好な関係を。」
「おいおい、まだ会って一日だぞ。」
急な話に男は驚きと困惑が半々な反応をする。それを見てますきゃっとは笑った。
「まぁ、真面目な話、人にはアンドロイドを知って欲しい、アンドロイドには人を知ってほしい、というのが私の願いでしてね。」
そう言うと真面目な顔になり、話し始める。
「この街、そして我々の組織が、アンドロイドと人間を同等の存在として扱っていることは知っていますか?」
「一応は。噂でIMRのプロパガンダの一環って言われているのをよく耳にするよ。」
「そう受け取られて致し方無いとは思います。実際、IMR社とは少なくない繋がりがあります。沙理が所属しているますきゃっと部隊、その多くはIMR社から来たますきゃっとになるのです。戦後処理の一環ですね。」
「そうなのか、じゃあ沙理も…」
「そういうことさ。」
なんでもなさそうに答える沙理。それに黙る男。
「…答える相手を間違えたらひと悶着だぞ。」
沙理は一瞬首を捻る。数拍後、理解したように頷いた。
「一応沙理もここに来て長いですし、教育は受けています。この街も出来上がってから随分立ちましたが、このようにまだまだトラブルは多いのが実情です。ですから、もっと交流を持ってほしいと思っているのです。」
「成程な…」
「頻繁に連絡を取ってくれ、というわけではありません。ここに来たときや、時たま顔を合わせた際にお話して頂ければと。勿論、相応のサービスはさせて頂きますよ。」
そこに沙理が割り込む。
「おーい、私を置いていって話をしないでくれ、アンタは私の親か?そもそも、こういうの理音とかの役割じゃなくて?」
「沙理、貴方にも人間と関わり合って欲しいのですよ、それに、理音は女性の方に受けが良いのです。」
「はぁ…」
「ということで、よろしくお願いします。今後ともよしなに。」
「あぁ…」
そう言い切ると深々と一礼し、紺青のますきゃっとは去っていった。
「なんと言うか…腹の内を隠さない奴だな。」
「普段からああいう感じだね。ま、嘘は言わない。信用出来る。」
「そうか。…命を救ってもらったんだ。あんたの言葉は信じるさ。」
それを聞いて、そっと沙理は呟く。
「…まぁ、悪くはない、か。」
「ん、何か言ったか?」
「あぁ、何でもないよ。取り合えずそのバイクを預けちまおう。その後は…ウマい食堂を知ってるんだ。案内するよ。」
「へぇ、アンドロイドに飯屋を案内されるなんて初めてだな。」

そうして二人は街を揺蕩う砂粒の一つとなった。
その先は、また別のお話か、もしくは電子の世界で。


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