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京都公演覚え書き その⑤ 音響効果、いまむかし(中編)

音を「ポン出し」する機器 ~昭和編~

1980年代の演劇シーンでは劇中音楽や効果音を再生するとき、カセットテープやオープンリールテープ(ORT)というアナログ音響ツールを用いるのが一般的でした。当時の関西大学演劇研究部学園座ではORTを用いていました。

1980年代に使ったORT(オープンリールテープ)

デジタル機器であるコンパクトディスク(CD)やミニディスク(MD)が登場するのは90年以降のことで、芝居屋ゆいまののメンバーはその頃すでに大学を卒業していたか、卒業直前でした。

オープンリールテープ(ORT)の話に戻ります。劇場では客席の最後列の後ろに音響操作スタッフ用の長テーブルを置きます。その上にORT用デッキ2台とミキシング・コンソール(単にミキサーとよぶこともありますが、当時わたしたちは効果操作卓または効果卓と呼んでいました)を並べます。
劇中、当該スタッフが、場面ごとに必要な音を交互に鳴らしたり、音量を調整しながら2種類の音を重ねたりしますが、そのときに用いる機器がこのミキシング・コンソールでした。3種類の音が同時に必要な時にはカセットデッキを追加して音を重ねていました。

劇中で鳴らす効果音や音楽は“事前準備”が欠かせません。ORT用デッキ2台とミキサーがあれば効果音や音楽の“加工”が可能でした。
ひと続きの効果音や音楽から劇に必要な部分だけを抽出したり、複数の音源をつなげたり重ねたり出来ます。
わざと音に残響を付けたり「こだま」のように反復させたりといったエフェクトを加味することも出来ました。
音の編集作業は手仕事の極みで、職人技といってもいいくらい技量を要するものでした。音を抽出したり、つなげたりするときにはハサミを使ってテープを物理的に切断する必要があったからです。
ハサミの入れ方に失敗すると、もう一度、テープの作り直しが要ることもあったため、ハサミを入れる際は緊張したものです。
この技は先輩から教わり、自己鍛錬して身につけるものでした。後輩が入ってくると、今度は自分が師匠となって後輩にその技を教える。
その繰り返しが連綿と行われてきました。

残念ながら私たちが当時やっていたオープンリールテープの編集の様子は動画に残っていません。でもyoutubeで似たものを見つけました。43秒以降のシーンを観ると、どんな編集作業だったか想像できると思います。

https://www.youtube.com/watch?v=PMhnX0En9eQ

音を「ポン出し」する機器 ~令和編~

『父と暮せば』では、必ず2種類の音を重ねなければならないシーンが3ヶ所ありました。
久しぶりにオープンリールテープ(ORT)を利用しようとしても、令和の時代、ORT及びORT用デッキのようなアナログツールはすっかりアンティーク扱いとなり、状態の良いものを安価に入手することができなくなっていました。
効果音と劇中音楽を編集・再生するのに、もはやデジタルツールを用いるしかありませんでした。

そこで初めて採用したのが、ノートパソコンと「AKAI製APC MINI」というハードウェアと「Ableton Live Lite」という音の編集用アプリケーションソフトの組合せです。
この組合せは本来、複数のデジタル音源を編集・合成しながらシンセサイザーのように使うために開発されました。10本の指がまるで鍵盤を自在に行き交うように動くことで、最大64種類のサンプリングサウンドが多重編成された状態でオーディオ出力できます。ライブステージでも使えます。
『父と暮せば』では64種類の音源も10本の指もつかう必要はなく、13種類の音源を指2本で操作する程度で事足ります。
使用方法はインターネットで学びました。

島村楽器さんの解説  
https://www.shimamura.co.jp/shop/nagoya/product/20221218/10487

https://www.youtube.com/watch?v=AWVnbaOv6JM

ユーチューブ上の解説 
https://www.youtube.com/watch?v=yQPL38DSAP4&list=PLyawkFIWnO1N3gjrN7WuXEiKlaTp2RWJs

https://www.youtube.com/watch?v=SaR9s2T5Hes&feature=youtu.be

劇中、音を鳴らすにも音量を上下するにも、そのタイミングが重要です(「学園座」ではこれを「きっかけ」と呼んでいました)。
演者の台詞や動きに合わせ、音の再生機器のスタートボタンを押すことを「ポン出し」というのが一般的です。
たとえば演者の“重要な台詞”の直後に、とある劇中音楽を流すとします。たとえ違和感ある楽曲であっても最初の音が流れるタイミングが合えば、あたかもその場面にぴったりの楽曲のように観客が受け取ってくれることがあります。その反対に、たとえ楽曲がその場面の雰囲気にぴったり合うものであったとしても、流すタイミングが少しでもズレると観客の心に違和感が残ります。「ポン出し」という業界用語が流布しているのは、音響操作スタッフが狙いを定めた絶妙のタイミングで音を出すことの重要性を物語っているといえましょう。
「AKAI製APC MINI」というハードウェアは、最大64種類の音源をスムーズに「ポン出し」することのできるデジタルツールです。同時に鳴らすことができる音源は8種類。各音源の音量出力を個別に上下できるようフェーダーというツマミがついていて、操作スタッフが指を使ってそれを縦方向に動かすことで音量が調整できる代物です。ミキシング・コンソールの機能を充分満たしています。

ノートパソコンに接続した「AKAI製APC MINI」でポン出し&音量調整

事前準備は次のとおり。まず音源のデータ(MP3)を収録したUSBメモリーを用意します。それをノートパソコンに差し、「Ableton Live Lite」というアプリケーションを立ち上げます。そのノートパソコンにハードウェア「AKAI製APC MINI」をUSBコードで接続し、劇中で使用する音源を「AKAI製APC MINI」上のボタンごとに割り振っていきます。これで「ポン出し」する準備完了です。
かつて、オープンリールテープ用デッキ2台プラスカセットデッキで音を操作したときには、デッキの再生・停止・早送り・巻き戻しの操作音が鳴っていました。
劇中の静まりかえったシーンでデッキのボタンを押すと「ガッシャン」という再生ヘッドの稼動音や「シュルシュルシュル…」というテープの巻き取り音が劇場内に鳴り響き、興がそがれることもありました。
でも「AKAI製APC MINI」の場合、ボタンを押しても稼動音が鳴りません。早送りや巻き戻しも必要ありません。

デジタルツールの発展と汎用化は、かように舞台音響機器にも及んでおり、隔世の感ここに極まれりといったところです。
〈つづく〉

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