テレビの向こう側


2014年10月1日、内定式。

某キー局の子会社である版元に内定したわたしは、この日局から天下ってる役員に連れられて同期たちと一緒に局本社に足を踏み入れた。「親会社のことを知っておこう」という建前で、内定者にキー局の華やかな場面を見せてテンション上げてやろうという行事である。こういうところがまたテレビっぽくて少々ズレている気がしなくもないが、そこは出版社に入るくらいにはミーハーなわたしたち、素直にキャッキャとついて行った。

局のエレベーターで早速当時の本社社長、K氏と遭遇する。

(なんか、会見とかで見たことある人だ!)

いきなり社長に挨拶できるとは、君ら持ってるね〜などと言われながら役員に連れられて局内を練り歩く。この役員は局内でも顔が広いようで、あちこちの人から声がかかる。
どこかの部屋にひょこっと顔を出した役員が、「ウチの内定者見学に連れてきてるんだけど、今日なんかの収録やってない?」と聞くと、「運がいいですね!今日はビストロSM◯Pと、ヨ◯タモリの初回収録ですよ!」と返事があった。

「お前ら、本当に運がいいぞ!」

これは結構マジな話だったらしい。
10月1日に収録見学会をしているのは当時恒例行事だったものの、局のスケジュールはこちらの内定式など当然まったく気にかけてくれないので、見学に行ってもとくに目ぼしい収録はなく空振りに終わる年もあるそうだ。
それが今年は、ビストロSM◯Pの収録、そして局が満を持してタモリ×宮沢りえで始めるバラエティ、ヨ◯タモリの初回収録である。

絶対絶対タモリさんを観るぞ! という役員の意気込みに気圧されつつ、まずはビストロSM◯Pへ。
まさかこのあと、SM◯Pが解散することになるとはまったく思いもよらなかった。この回の収録のゲストはセカオワで、香取慎吾がDJ LOVEの扮装でスタジオの後ろから現れたのはいい思い出です。

そして、いよいよヨ◯タモリの収録スタジオへ…。
もはや見学に来ているのは私たちだけではない。局内のあらゆる人たちが興奮を隠さずにスタジオに集結していて、有名なアナウンサーたちも並びながらタモリさんを今か今かと待ち構えていた。いち視聴者としてはアナウンサーも芸能人のように捉えていたので、そのアナウンサーがこんなに興奮していることに、(そうか、アナウンサーも会社員なんだな…)となぜか冷静に考えたのを覚えている。

タモリさんはかなり静かに現れた。
小さな、おじさんだった。

スタジオのいちばん後ろで邪魔にならないようそのときを待っていたリクルートスーツに身を包む大学生の女3人。タモリさんは不思議そうに近づいてきて、「スーツで、どうしたの」と話しかけてきた。

役員が「ウチの内定者で、見学に来ております」と答えると、「オレなんか見ても、勉強にならないよ。まぁでも、頑張って」とニヤリ笑いながらタモリさんは去っていった。

エッ…
今、タモリさんに、声かけられた…?
エッ…

正直わたしはそんなにテレビっ子じゃなかったので、タモリさんに会えるっていうのがどれほどのことか、わかっていなかった。
でも、キー局の職員一同が楽しみに待っている一流タレントが、スタジオの隅っこにいた学生たちに声をかけた、という事実が私にとって衝撃だった。安直かもしれないが、一流の人ほど気さくなんだ! みたいなことを思った。

フワフワした興奮のなかで初めて生で観る一流芸人の芸に、やっぱりフワフワ笑って、帰りにもまた「勉強にならないでしょ」と声をかけられて(!)その日の見学会はあまりにも非日常に終えた。

わたし、こんなに華やかな世界に足を踏み入れてしまったのか⁉︎

のちにこれはマジで内定者のテンションを上げるためのミーハーな行事で、実際の業務でこれ以上に華やかなことなんてそうそう起きないと学ぶわけだけれど、それでも入社してからはそれなりに芸能人の方と仕事をする機会を得て、本当にまさか、自分がこんな仕事をすることになるなんて思わなかったなと振り返る。その原点にタモリさんとの出会いがある。とくに私は雑誌ではなく書籍、しかもビジネス書の編集志望だったので、芸能系の仕事をする予感などまったくなかったのだ。

今でもたまに、俳優やアイドルの撮影のときに「体の向きこっちにお願いします」なんて声かけたり、「読者へのメッセージをいただけますか?」とか質問したりしてる自分を俯瞰して、(わたし、なんでこんなことするようになったんだろ…)と思ったりする。人生はわからない。いつか年取ったときに、「そーいえば昔、あんな人やこんな人にも会って…」とかいう老害になってしまうのかもしれない。それだけ宝物みたいな経験だなと思っています。

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