マガジンのカバー画像

日経COMEMOに寄せた細谷雄一の記事

16
こちらは、日経COMEMOに私が寄せたコラムをまとめてみたものです。
運営しているクリエイター

記事一覧

安保関連法を「違憲」と叫んだ呪い

立憲民主党の総選挙の公約が発表されました。野田佳彦代表のもとで、立憲民主党は以前よりも現実主義路線に回帰して、野田代表の誠実で迫力のある論説にも助けられて、今回の総選挙ではそこへの信頼が拡大するかもしれません。 他方で、その公約で触れられている「安保関連法は違憲部分を廃止」と書い ている部分への批判が集まっています。例えば、元国民民主党広報局長の弁護士菅野志桜里氏は、次のようにX(Twitter)で投稿しています。 また、国民民主党の玉木雄一郎代表も、次のように投稿して、

ケナンが否定した「アジア版NATO」の実現可能性

「アジア版NATO」構想の波紋 石破茂新自民党総裁のハドソン研究所論文が話題となっております。色々な方が論評されていますが、私自身は多くの方々同様に、ここで提案されている「アジア版NATO」構想の実現可能性には懐疑的です。 また、この石破論文での議論の核心は、「アジア版NATO」の創設ではなく、むしろ10年前の安保法制導入の頃からの持論である「国家安全保障基本法の制定」と、「米英同盟なみに日米同盟を強化する」という部分だと、私は考えています。 すなわち、より全体的、全

石破茂自民党新総裁の「集団安全保障」の誤った用法が、なぜ完全に誤りとは言いにくいのか

石破茂新総裁が、国際安全保障における「集団安全保障(collective security)」と「集団防衛(collective defence)」の違いをおそらくは十分に留意することなく、これらの異なる(部分的には対極的な)概念を混交していることに安全保障専門家から批判が出ております。日本の多くの大学では国際安全保障が適切に教えられていないことがその遠因かと思います(慶應義塾大学では法学部でも総合政策学部でも、安全保障論関連の授業がいくつかありますが、多くの大学では、軍事・

最長政権を記録した安倍晋三元総理とのささやかな思い出

政治的立場を超えて、多くの政治家、政党が、今回の事件で安倍元総理逝去に哀悼の意を示したこと、そして病院搬送直後には、それまで安倍元総理を政治的厳しく批判していた多くの方が無事であることを祈っていたことに、日本国民が有する美徳を感じました。またそれは、暴力で政治を動かそうとする行為に強い反対の意見を示すという、ゆるやかな幅広い国民的コンセンサスが示されたことを意味していて、賞賛すべき姿勢だと思います。 おそらく安倍元総理ほど、世界中で広く名前が知られ、また世界中の指導者や政府

中国台頭を受け入れることは、中国台頭の結果を受け入れることと同義ではない

中国の台頭は必然である。 おそらく多くの人にとってそのような議論に、それほど違和感はないのではないでしょうか。 そもそも13億という世界最大の人口を擁し、世界でも最も古い文明の一つであり、19世紀の西洋の帝国主義の時代に至るまでは最も進んだ文化や技術を有していた中国。その中国が、現代の世界でアメリカと並ぶ大国となっていること自体は、ある程度予測できたことだろうと思います。 この『フィナンシャル・タイムズ』のジャナン・ガネシュ氏のコラムが論じていないのは、中国台頭の結果と

日本にとって最善のコロナ対策は何か?

イギリスでは一日の感染者が18万3千人という、驚くべき数になりました。 これは、昨春のコロナ禍の拡大以後、一日当たりの新規感染者数として過去最大であると同時に、一年前の感染拡大のときと比べても圧倒的に数が多い。とはいえ、下記の記事にあるように必ずしも重症化や死者数増加は抑制的であって、マスク着用以外に政府が強力な対応を準備しているわけではなさそうです。 日本は、オミクロン株の感染拡大の懸念を前に、より強力な措置を導入すべきでしょうか?あるいは、重症化の懸念が小さいことから

「アメリカのスエズ」の到来?

「スエズ」という言葉は、イギリス外交の歴史の中で特別な重みを持っている。 「スエズ」とは、イギリスの衰退、そしてイギリスの世界大国としての地位からの没落の契機として参照されることが多い。はたして同様に、「カブール」という言葉、そしてタリバーンの攻勢によりそこから撤退する米軍の姿が、アメリカの衰退と結びつけて記憶されることになるのだろうか。 だとすれば、アフガニスタンからの米軍の撤退は、「アメリカのスエズ」となるのだろう。 世界大国の終焉ここで言及している「スエズ」とは、

アフガニスタンの混迷と、研究者としての来歴と

われわれの過去20年間は、「タリバーン政権の崩壊」に始まり、「タリバーン政権の復活」に終わった はたしてわれわれは、この20年をどのように回顧すればよいのだろうか。 私が大学院博士課程を修了したのが、2000年3月。大学教員としてこの年の春から教え始め、翌年の2001年9月11日はちょうど夏季休暇を利用してロンドンに史料収集に行っていた。 一週間ほどロンドンに滞在して、キュー・ガーデンにある国立公文書館(The National Archives)に通い、次の研究のテー

われわれはどこまで自由を謳歌すべきか

とても難しい事態が続いている。 オリンピックで華やかに、次々とメダルが選手たちの手に渡り笑顔が溢れる一方で、東京では感染拡大が加速し、また全国でも病床が徐々に逼迫状況となり人々の不安が広がっている。 はたしてオリンピックは中止すべきなのか。あるいは政府がより強力な行動制限を課して、経済活動や人々の日常の生活によりいっそうの制約を課すべきなのか。 われわれは矛盾している。 オリンピックをテレビで観戦して、日本人選手が活躍するのを見ることができるのは嬉しい。また、自由に友

チャーチル的な思考が必要なとき

さまざまな騒動が続き、傷を負いながらの東京五輪の開幕。 コロナ禍で開催が危ぶまれる中で、控えめながらもいくつもの斬新な演出で世界中の「観客」を驚かせ、喜ばせた開会式にたどり着けたことは、素晴らしいことだと思う。この東京五輪が、コロナ禍の苦しい時期から、それを乗り越えたあとの新しい時代への転換点として記憶されるとすれば、有意義なオリンピックとして記憶されるかも知れない。 他方で、開会式が開かれた国立競技場周辺には、数はそれほど多くはなかったかも知れないが、開催に反対する人た

キッシンジャーが創った時代の黄昏

「1972年体制」という言葉がある。これは、1972年の米中共同声明と日中国交正常化によって成立した基本的な枠組みが、現在まで続いてきているということを意味する。 先月、4月16日の日米首脳会談で、菅義偉首相とジョー・バイデン大統領は、共同声明の文書の中で、「台湾海峡の平和と安定」に言及した。これが1969年の佐藤栄作首相とリチャード・ニクソン大統領との日米首脳会談以来、52年ぶりに日米両国の首脳間の文書で「台湾」が言及されたとして、メディアでも注目された。このように半世紀

統治をめぐる思考の欠如 ー日本を滅ぼす宿痾

なかなか進まないワクチン接種。政治における強力な指導力の欠如。台湾周辺や尖閣諸島をめぐる危機が迫りながらも、十分な防衛態勢が構築できていないもどかしさ。 そして、気がついたら、日本の国際的な位置づけが大きく変わっている。 半導体の先端技術における国際競争での敗北、ワクチン開発競争での無力感、そしてデジタル化の大幅な遅れ。 日本経済がまだ強く、日本の技術力が世界から賞賛され、また怖れられていた1990年代の時代を濃厚に記憶する世代にとって、現状における日本の停滞は、なかな

中国化するアメリカ?

ハーバード大学のダニ・ロドリック教授は、いまや世界を代表する政治経済学者。その主著、『グローバリゼーション・パラドクス』は日本語にも翻訳されており、広く読まれています。そのロドリック氏の寄稿。なかなか考えさせられます。 「過去のモデルを捨て去ってこそ、未来への新しいビジョンを描くことができる。」 このコラムの最後に、このように書いて締めくくっています。今の世界は、われわれになじみのある政治学や経済学の教科書を読んでも、よく分かりません。新しい次元へと変容しつつあるのかも知

オンライン授業はいかがですか?

新年度が始まりました。 春はいいですよね。 新緑に溢れ、陽光が眩しく、キャンパスは不安に戸惑う新入生で満ちている。おそらくそれは新緑が新しい生命の息吹を感じさせ、新入生が新鮮な空気をもたらしてくれるからかもしれません。 そのような躍動的な春は、今年も大学のキャンパスには訪れませんでした。 4月29日から、三度目となる緊急事態宣言の発令を受けて、都内の多くの大学はやむを得ず、授業形態を変えることを決めました。 私の勤務先の大学では、いまのところ授業について対面とオンラ