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ゆういちの一生 第34話 解決社長

ゆういち34歳。

ゆういち34歳。
お仕事をがんばっています。

公民館に人を集めて講座をしたり、
地道にがんばっています。

相変わらず会社の収入が少ないので、
アルバイトをしながらです。

アルバイト…

インターネット回線の電話オペレーターをしていました。
会社経営をしてるにもかかわらず、アルバイトです。
それを隠していました。

お客様から電話が入るとパソコンの画面に情報が出ます。
見覚えのある名前が表示されました。
インプロのワークショップでよく顔を合わせていた人です。

会社を立ち上げたというのに、アルバイトしているということが知られたら恥です。
名前は名字だけ名乗りましたが「ナカノ」という名前は日本中にいくらでもいるので
ばれないと思っていました。

オペレーターは最後に必ずこの言葉を言います。
「本日は仲野がご案内いたしました。何かご質問はございますか?」

そうすると
「仲野さんの下の名前は何ですか?」

「…ゆういちです。」

「あー、やっぱり!ゆういちー!元気ー?」

あっさりばれてしまいました。

DreamCraftさん。

公民館で開催している講座に参加いただいたことをきっかけに、
DreamCraftさんという企業の方と一緒にお仕事をしていきます。

アートセラピーやカウンセリングやいろいろなお仕事をされている企業さんです。

今では、僕の講座の際によく登場する「表情カード」ですが、
これを使って講座をすることもこの頃学びました。

今から考えると、DreamCraftさんとの関わりが、
後に僕が心理カウンセリングを学んでインプロと心理学を融合して指導をする
ヒントになったのだと思います。

解決社長。

インプロで「解決社長」というゲームがあります。

社長と社員の役に分かれてする即興のお芝居です。
社員が社長に会社で起こった事件の報告をします。

社員「社長大変です!会社が燃えています!」

それに対し、社長は「それはちょうどいい!」と言います。

そして、そう言ったことによって「ちょうどいい」アイディアが降ってきます。

社長「それはちょうどいい!ビデオを回して燃える会社の前で「私たちは燃えています!」と叫ぶCMを撮ろう!会社再建の際にインパクトがあるぞ!」

みたいな感じです。

これは、アイディアを出すときに一つ一つ時間をかけて考え出すのではなく、
頭の中の審査員がアイディアを止める前に、瞬時に出すことが大切です。
そうしている内に、本当に使えるいいアイディアが生まれたりします。

僕は当時この「解決社長」が大好きでした。
DreamCraftさんとお話ししているうちに、
「解決社長TV」というネット番組をやらしていただけることになりました。

解決社長TV。

元俳優だったことを生かして

「人前で話ができる社長」
「ユニークな社長」

というのを目指していたのもあり、
番組をさせていただけるは本当にうれしかったです。

番組では、本当の社長をゲストに呼んで、
社長が「ピンチをチャンスに変えた」お話を聞き、
そして社長と一緒に「解決社長」をします。
そんな番組です。

当時まだYouTubeとかが普及していなかったので、
ネットの動画の番組は画期的だったんじゃないかと思います。

同時に「解決社長」をテーマにしてブログを書いたり、
メルマガを書いたりしました。

実現しなかったけど「解決社長」という漫才のユニットを作ろうとか話していました。
一つのテーマでいろんなアプローチをするというのは、当時好きなやりかたでした。

六本木ヒルズ。

DreamCraftさんとのご縁で、
六本木ヒルズでもインプロの講座をさせていただきました。

会場は六本木ヒルズですが、
当時の僕は、仕事が本当に上手くいっていなくて、

相変わらずアルバイトしながらだし、
ご飯もろくに食べていないし、
睡眠時間も取れていないし、
お金もありません。

電車賃を節約するために、
神田から六本木まで電車に乗らずボロい自転車で走ります。
スーツを着て。

もうすぐ六本木という所に上り坂があります。
自転車の立ち漕ぎをして坂を登っていると、
急にチェーンが外れました。

倒れそうになったところをバランスを取ろうとして足で踏ん張ったところ、
革靴の先がワニの口みたいにパカって開きました。
この後、六本木ヒルズで講座をするというのに。

しかし、いつも時間ギリギリに行動していたので、
靴を買っていく時間がありません。
お金もなかったと思います。
そのまま六本木ヒルズに行きました。

落ち込みながらそれを話すと、DreamCraftさんは

「それはちょうどいいじゃないか!講座のつかみに使えるね。」

と。そうして、講座のつかみにしました。

と、いろいろやらしていただきましたが、
しかし、生活は苦しいままで、
アルバイト生活は続きます。

愛知県?

僕が主催する公民館での講座を、愛知県から受けに来ている方がいました。
なぜ遠い愛知県からわざわざ受けに来ているのかと聞いたところ、
愛知県にはインプロを教えているところがないから、
とのことでした。

… … …

それから、考えました。

このまま、上手くいっていない東京で続けていくのか?
僕の他にインプロを教えている人は山ほどいる。

それとも、競争相手の少ない他の地域でやっていくか?

… … …

しばらく考え、

東京から愛知県に移り住むことにしました。

続くよー。


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