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あんず、初めて迎える最後の日

江古田の音大通りにあるお好み焼き屋さん「あんず」が5月10日に閉店した。
37年間、この店を営んだそうだ。あんずの前は、ここでクリーニング屋さんを経営していたらしいが、調理をしなくていいという理由でお好み焼きに業態を変えたと親爺さんが教えてくれた。キッチンでネタを仕込んでいた親爺さん、実は日芸の演劇出身だったらしい。私たちの大先輩だ。入り口にはいつも、演劇の公演ポスターがいくつも張り出されていたのがずっと気になっていたが、その理由がようやくわかった。

公演の合間や終演後なにかとお世話になったこの場所で、悔いのないように最後の日までたらふくいただくことにした。週に3回くらい訪ねてしまったのではないだろうか。
また来たの〜なんて笑われたけれど、美味しいからしょうがない。少しでも味を覚えておきたくてuniやその周りの人々とたらふくいただいた。
あんずはお好み焼きだけじゃなく、バター焼きもあの鉄板にかかれば絶品メニューに。
焼きなすに生姜醤油をつけて食べるのはuniの十八番だった。

最後だからと甘えて、おかみさんに焼いてもらう。焼いてもらいながらあんずのこと、閉店のことなどお話ししてもらった。
「はじめて最後を迎えるからよくわからないのよ」なんて気さくに引退について話してくれた。「ちゃんとご挨拶しておいた方がビックリしないでしょ」って。
もう屋号じゃなくて名前で呼んでもらえることが嬉しいと他のお客さんとも話していた。ようやく荷が降りると。
看板背負うというのは、背負う時間が経てば経つほど重くなるのかもしれない。江古田の古くから営む店主たちはその重い看板を背負いながら、江古田を愛する人々のために変わらない毎日を守り続けているのかもしれない。
そう思うと、一抹の寂しさはあれど、これからゆっくり休んでほしいなと心から思った。
本当にお疲れ様でした。

今まで食べたことのなかったスペシャルを頼み、お別れ最後のご馳走さま。
きっと私たちみたいに最後にもう一度と尋ねる人は多かっただろう、店を出る人みんなが店の奥まで行って最後の挨拶をしていた。

閉店。
あんずの大往生を見届けられて良かった。
次に入る店もお好み焼き屋だそうで、内装はほとんどそのままでオープンするそうだ。
37年という長い月日の軌跡が少しでも形を残しているのは、更地になった市場を思うと、ホッとしてしまう。名残惜しいのもいい加減にしなくては。
往生際が悪いのはいつも残される側だ。傲慢なことだけれど、思い出があるからしょうがない。しばらくは、思い出してはあゝとため息をつくだろう。新しい時間に慣れるにはやはりそれなりの時間が必要だ。


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