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腐女子が仁亀・KAT-TUNにはまってしまった訳③2003〜2004

さてさて、前回は2000年から2002年の雑誌レポを中心に語ってきましたが、ここからは私が彼らにハマったリアルタイム、2003年夏からの仁亀について語っていきたいと思います。

当時KAT-TUNは、Ko年もAh TaiヘンThankUNatsu コンサートと、お台場冒険王KAT-TUNの大冒険DE SHOUを終えたばかりでして

このコンサートは、亀梨君がバク転で舞台から落ちたからなのか映像化していないのですが、赤西君が亀梨君の腰を支え一緒に歩きながら歌う密録が出回ったり、当然ファンブロガー様のブログは、コンサートやイベントのレポで溢れかえっていました。

中でも私が一番衝撃だったのはお台場冒険王前楽のレポ。

✳︎亀梨君を真ん中にして、中丸君、赤西君3人で話している時、中丸君が昔の話はやめようよと言いながら亀の肩に手を回したら、仁が「触るなよ!」と言って中丸君の手を払いのけ、仁が笑ってもいないから亀も中丸君も固まる。というものでして

まあ単に触るなよ!と言うブームが赤西君の中できてただけかもしれませんが
これね、はるか昔何度かメールやりとりさせて頂いた方のレポなので勝手に全文載せることできないものの、当時のKAT-TUNや仁亀の様子が全て詳細に書かれていて、今読むと、仁亀って本当にお互いのこと大好きだったんだなあというのが伝わってきて本当に凄いんですよ。

ただ、当時は別に腐女子じゃない方々のブログにも、仁亀仲良すぎだろ!な絡みがそこかしこのレポに溢れておりまして、だからこそ私は、仁亀を知り始めた当初、アイドルだから際どい仲良しアピールしてるんじゃない?と疑ってしまったんですが、この頃は別に、ごく普通の光景だったんですよね。

おそらく仁亀好きの間では有名な、Myojyo九十九里浜撮影での

✳︎仁「昨日はカメが先に寝ちゃうから、風呂に一人ではいんないといけなかったんだぞ。」
亀「だってー、最近眠いんだもん。」という会話だったり(この時仁君、俺らは6人じゃないとKAT-TUNじゃない、誰が入っても抜けても違うとか言ってます。まあ人間て変わっちゃうから仕方ないんですけどね)

✳︎仁亀コーナー「甘いささやき」での、俺らがつながってるのはへその緒、もしくは赤い糸という亀の発言だったり

✳︎仁「時間がある時は目的のないままドライブ。カメとメシ食いに行ったり、高速乗って夜景を見に行ったりもした。車の中のBGMは洋楽。運転は結構うまいよ、安全運転だって。なっ、カメ?(隣でうなずく亀ちゃん)」と、亀に同意を求めたり

✳︎少クラで、早口言葉を言う亀の耳に、仁が息をふきかけたり

✳︎夏のコンサートでは髪型も髪色も同じにして、顔の系統は全然違うのに、双子と言われていたり

✳︎この年の12月、KAT-TUN初の写真集を出したんですが、ニューヨーク撮影のオフショットでも、二人でふざけて手を繋いで笑っていたり

✳︎写真集の宣伝で後輩の番組yahyahyahに出た時、おまえの写真カッコよかった!イヤ亀もまけてないわよ(なぜか女性口調)と仁亀で褒めあってはしゃいでいたり

ごめんなさい、2003年エピソード多すぎてうまく纏められないんですが、とにかく疑いようがなく当時の二人が仲良しだったことは確かなんですよね。

そしてここから、腐女子な私の主観による個人的な分析をさせていただきますと、特に夏のコンサートとイベント以降、仁亀の仲が更に深まったように感じています。

というのも、丁度この時、KAT-TUNは次にデビューできるのは俺達だ!と思っていたようなのですが、先にNEWSがデビューしてしまったんですよ。

しかもそのグループのメンバーが、山Pや錦戸君という先輩だけでなく、KAT-TUNより後輩や、入ったばかりの新人の子もいたのでショックだったと、本人達も後々正直に語っています。

今でこそジャニーズも20代でデビューなんてザラですが、当時は10代でデビューできなきゃほぼ終わりみたいな風潮があったので、メンバー全員落ち込みも酷かったようです。
今思えば、そういう微妙な状況だったからこそ、グループのツートップシンメとして、KAT-TUNを牽引していた仁亀の繋がりが、ファンから見て、今まで以上に仲良すぎだけどどうしちゃった?ってくらい、余計に深くなったのかなと思ったりします。

あと、他メンバーは全員高校出てますが仁亀は二人とも確か高1で中退していて、それだけ二人でいる時間もジャニーズにかける時間も多かったと思うので、デビューできなかったら後がないという不安も、より大きかったんじゃないでしょうか?

最近になって中丸君が、NEWSのデビューが決まった時、亀梨君、赤西君と3人で直接社長に、俺らはどうなるんですか?と聞きにいき、そこで社長に、君らのことも考えてるからと言われ、腐らずに頑張ろうとなったと話していましたが

ファンである私達は、社長の言葉なんて全く知らないですから、NEWSデビュー以降、特に2004年に入ってからは、KAT-TUNのTV露出が滅多になくてヤキモキしていました。

カウコンに出演したり、ドリボ舞台や、亀一人で野球選手と対決する番組に出たことはあったものの(まだ無名の亀梨君が勝ち残ってく姿本当にカッコよかったなあ)

個人的に、あれ?今までよりTVに出る量少なくない?と感じてしまって、この子達デビューできるのかしら?と心配になっていたんですよね。

特に、亀梨君が滝沢君の代役としてドリボ主演した時、タッキーの舞台はワイドショーで紹介されたのに、代役をした亀について全くふれられなかった時はかなり不安になりました。
あの事務所って、売りたい子は全然有名じゃなくても凄いTVでアピールするんですよ。だから、え?亀梨君やKAT-TUNて事務所に気に入られてない?飼い殺し?みたいに疑心暗鬼になってしまって。

まあその間もアイドル誌とかでは

*おやすみの間何してた?という質問に、亀が、メンバーでは仁としか会ってないと言ったり

✳︎滝沢君に、二人は最近どうなの?と聞かれた時、仁君が、甘えたり甘えられたりですかねと応えたり(これ見た時、男同士の友達で甘えたり甘えられたりって普通言う!?と腐女子全開で滾りました)

仁亀萌は常にちょこちょこありましたが、この2004年前半は、正直私的に微妙な時期でした。

そんな中、2004年の夏、NEWSとKAT-TUNが、ジャニーズの舞台、SUMMARYに出演することが発表されます。

そしてこのSUMMARYこそが、KAT-TUNと仁亀の運命を変えたと言っても過言ではなかったのです。

というわけで、どれだけ昔々のKAT-TUNと仁亀について語る気だよ!って感じですが、とにかく自己満で好きなことを語りたいとnoteを始めたので、次のブログでは、2004年から2005年前半にかけての仁亀、KAT-TUNについて語っていきたいと思います。



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