温泉の硫黄と炭酸についての考察
はじめに
こんにちは。"味"旅団の運転長です。フォロワーさん以外から飛んできて読んでくださる方に自己紹介すると、温泉巡りの3人組オタクの一人で、泉質に関する同人誌を1冊作った人だと思ってもらえれば良いです。好きな温泉はほっ湯アップルと甲府モールと姉戸川温泉など。
この記事では、自分の思考内容の整理を兼ねて温泉成分の硫黄と炭酸について考察します。分かりやすい説明記事にはなりそうにないので、マニア向けだと思います。
鉱泉分析法指針における硫黄と炭酸
鉱泉分析法指針とは、温泉法に基づく温泉水に関しての分析・調査方法を定めたもの。(下記リンク先は直PDFです)
https://www.env.go.jp/nature/onsen/pdf/2-5_p_14.pdf
その中で今回取り上げるのは下記の2つ。
P153 8-4(3)遊離二酸化炭素,炭酸水素イオンおよび炭酸イオン
P154 8-4(4)遊離硫化水素,硫化水素イオンおよび硫化物イオン
連番となっているこれらの項目では、対象が炭酸か硫黄かの違いがあるものの扱っている内容はほとんど同じである。
いずれも、温泉から上記3項目の成分量をどのように決定するかについて書かれている。いずれも総炭酸、総硫黄からpHに基づき適切に按分することでそれぞれの量を決定している。総炭酸はCO2、HCO3(-)、CO3(2-)の、総硫黄はH2S、HS(-)、S(2-)の合計モル数を表す。
この定量プロセスは次のように示される。(炭酸を例に示す)
採取した温泉に薬品を加えて、炭酸成分を全て同じ物質として固定する
固定された物質を一括して定量し、モル数を出す
炭酸の2段階電離に関して、測定した温泉のpHに基づき元々どのくらいの比率で電離していたかを計算し3項目の成分量を求める。
これらの内容は鉱泉分析法指針の7-25および7-30に記載されているが、測定方法としてどちらも「全部ひと纏めにして測定してからあとで按分」という手法で行っている。
温泉法での成分
温泉法において、療養泉となるための特殊成分について別表で定められている。炭酸泉と硫黄泉の定義を次に示す。
炭酸泉:遊離炭酸の含有量が温泉1kgあたり1000mgを超えること
硫黄泉:総硫黄(遊離硫化水素+硫化水素イオン+チオ硫酸イオン)の含有量が温泉1kgあたり2mgを超えること
炭酸泉は溶けている炭酸成分のうち遊離炭酸の分のみについて計上して炭酸泉の基準としている。推測にはなるが、pH7で40℃前後の水に溶けるCO2が約1000mg程度であることに関係している気がする。
硫黄泉については、チオ硫酸イオンS2O3(2-)が新たに登場する。総硫黄が上記3つを指し硫化物イオンを除いているが、これは硫黄の2段階電離で1段階目に比べると2段階目は電離してもすぐに沈殿物を生じるため、イオンとして存在する量が無視できるくらい小さいからである。
ちなみに、pHが大きくなるごとに2段階目の方に平衡が移動するため沈殿物は多くなる。これがアルカリ性の硫黄泉が白くならず透明なお湯となる理由である。
なお、硫化水素のpH別2段階電離については下記にグラフがあり分かりやすい。
一方で、なぜチオ硫酸イオンが総硫黄の一つとして計上されるのかはよく分からなかった(炭酸の例に倣えばH2SとHS(-)の合計であっても良さそうだが、それと同様の療養効果がチオ硫酸イオンでも得られるということなのだろうか。筆者は化学畑ではないため詳しい人の解説に期待したい)
泡付きと卵臭
さて、ここからがある意味本題である。泡付きと卵臭は温泉マニアが重視するポイントである。泡付きは温泉に浸かっているとき、肌に自然と現れる泡のことであり、卵臭はいわゆる硫化水素臭である。
これらの要素が先ほど述べた成分量とどのように関連するかを下図に示す。
まず、泡付きは総炭酸の量と関連が大きいと考えている。
泡として現れるのは飽和したCO2であり、基本的には遊離炭酸と関連がありそうだ。しかし、地中から地表に湧出(あるいは汲み上げ)するにあたり圧力などの諸要因が大きく変化する。その過程で溶けきれなくなったCO2が気体として現れるのが泡付きであるから、最終的に定量される遊離炭酸(=最後まで溶けている炭酸)の量とは直接関係がない。
一方で、元々地中で溶けていた段階ではそもそも炭酸成分の多さと関連があるはずであり、それはすなわち総炭酸の量である。
したがって、総炭酸が多いほど泡付きに期待できると考えられる。(ただし、これは源泉の段階であり湯使いや源泉から浴槽までの距離により泡付きはどんどん弱まるため、泡付きを保証するものではない)
基本的に、炭酸泉であれば間違いなく泡付きが期待できるが、炭酸泉でなくとも炭酸水素イオンや炭酸イオンが多量に含まれていれば期待してよい。
卵臭についても同様である。ただし、こちらは総硫黄ではなくそのうちの硫化水素および硫化水素イオンの量が直接関係する。そのため総硫黄で硫黄泉となっていてもチオ硫酸イオンのみで成立している場合は匂いがしない可能性が高い。(もっとも、どの硫黄成分も地中鉱物に由来するものであるからどれか一つだけ存在する可能性は低い。そのため基本的には総硫黄が多ければ卵臭を期待できる。例外は硫酸イオンで、これはありふれているためこれだけ存在する場合が多い)
言いたいこと
ポイントとしては次のようにまとめられる。
泡付きは総炭酸(と湯使い)で判断せよ
卵臭は(基本的に)総硫黄で判断してよい
しかし、総炭酸が2段階電離する3物質の合計であるのに対し、総硫黄にチオ硫酸イオンが含まれ、硫化物イオンが含まれないのは混乱する。おまけに療養泉の基準としては遊離炭酸しか含まないのも紛らわしい。
これは成分の医学的効能に基づく基準なので仕方ない(皮膚からCO2が吸収されて血行促進効果を得るには遊離炭酸の状態である必要がある)が、マニア各位は誤解せぬよう本記事を参考にして貰えれば幸いである。
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