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大寒波の日に捨てられた7匹の猫


うちには「あずき」という保護猫がいるのだが、この子との出会いについて語るには、保護する1週間前にさかのぼらなければならない。


2019年2月上旬。何十年に1度と言われるような大寒波が日本を襲った。1週間前から気象予報士をはじめ、報道番組では寒波に対する備えを呼び掛けていたのがとても印象的だった。

ただ、この時私たち家族は、週末に寒波が来るなら家に実害はないだろう。そう思っていた。


大寒波真っ只中の朝、私はお昼近くまで寝ていた。高校卒業を目前に控え、進学先も決定していたこともあり、ゆるゆるダラダラ過ごしていたのだった。

そんな時、父親から電話があった。父はリサイクル関係の仕事をしており、その日はたまたま休日出勤していたのだ。

「10分後に猫連れて帰るから、準備しろ」と突然言われた。詳しく聞くと、会社の仮設トイレの中に段ボールが置かれており、その中に7匹の子猫がいたと言うのだ。動物病院からの帰りで、みな命に別条はなかったという。

父の会社は人里離れた山奥にあり、タヌキやイノシシ、鹿、ハクビシンがよくうろついているような場所だ。山の中にある分、寒さも厳しく。雪の降りにくい地形にもかかわらず雪が降ることもある上に、もれなくつもることもある。

その時の寒波で雪が降ることはなかったそうだが、寒さは相当厳しかったと思う。そんな中で寒さに弱い猫を捨てるなんて。と怒りを覚えていた。


とはいえ10分後に連れて帰って来る。時間がない。「準備しろ」と言われても、私自身猫に関する知識が全くなかったため、少し焦った。

父の実家は、ピーク時には犬3匹、猫2匹、インコ1匹と熱帯魚が20匹いたプチムツゴロウ王国だ。しかし、猫は基本外猫ちゃんで、祖父母の家に行ってもいないことが多かった。

母の実家でも、飼っていたのは犬のため、犬に対する免疫や知識はあるが、猫に関する知識はなかった。

困り果てて、同じく保護猫を飼っている叔母のところに電話をした。

電話をすると、すぐに何日分かのご飯と暖房器具を用意してくれた。


私も叔母の家から帰宅し、いらないブランケットを探していると、父が段ボールを抱えて帰ってきた。

玄関から可愛い子猫の鳴き声がする。

急いで玄関に向かい猫の姿を見たとき、「かわいい」よりも先に困惑した。何故なら、その猫は全身グレーのロシアンブルーだったのだ。

他の姉弟は既に会社の人が引き取り、ずっとのお家が決まったのだが、どうしても1匹だけは見つからずに家で預かることになった。


警戒心の高い猫。恐ろしいのはその我慢強さだった。

家に来て2時間。それまで何も食べていないはずなのに、ご飯も食べない。近くのスーパーで猫用のミルクを買ってきたのだが、飲まない。もう一度スーパーへ行き、子猫用のパウチを買ってきたが食べない。とにかく頑なに拒んでいた。

その間、子猫は必死に鳴きながら段ボールで作った囲いから脱走を試みていた。1度脱走させると、すぐに家具の隙間に入り込み出てこない。

これを繰り返しているうちに夜も20時を回っていた。

私の勝手なイメージでは、猫は警戒心が高いから、ご飯も手からは食べないだろうと思っていた。そのため、猫と距離を置いて過ごせば食べるのではと考えていた。

あまりにも食事を拒否する猫に、父は心配になり指にパウチのささ身をのせて、子猫の鼻にちょんとつけたのだ。すると、突然スイッチが入り勢いよくご飯を食べ始めた。


食事は一件落着したのだが、それよりも困ったのはトイレだ。

とにかくしない。大も小もしない。する気配もない。叔母に「少し預かるくらいならトイレは、シートの上に新聞紙を細かくちぎって丸めるだけでするよ」と教えられていた。落ち着かないのだろうか全くしないのだ。

結局トイレはできないまま夜が明けた。


次の日、同じロシアンブルーを飼っている母の友人に電話をしたところ、トイレとケージが余っているとのことだったので、すぐさまいただきに向かった。その足ですぐにホームセンターへ向かい、猫を飼うにあたって必要なものを一式買い揃えた。


実は、その前の晩に母が「え、飼うの?」と私と父に詰問してきたのだ。

父と私は犬も好きだが猫も好きで、母は猫は当時そこまで好きではなかった。

そして私にも可愛いからと言って、積極的に「飼いたい」と言えない理由があった。

私は、「行け」と言われていた国公立の大学に落ちて、「行くな」と言われていた私立の大学に進むことになった。そのせいで、経済的にそこまで余裕がなかったのだ。私が奨学金を借りることで大学進学については解決したのだが、既に金銭的に親を困らせているのに、口が裂けても「飼いたい」とは言えなかった。もっとこの子が幸せに生きられる、素敵なお家があるのではという迷いもあったのだ。

また、既に私が一人暮らしすることは決まっていた。父と母にこの子の面倒を押し付けることになってしまうことになることも、理由の1つだった。


しかし、そんな心配が頭によぎっている娘の顔を見ずに、「え、なんで、飼わないの?」と子どものように口火を切ったのは父親だった。

実は、過去に父は私を、猫や犬を保護している知り合いの家に連れて行ってくれたことがある。実際は父が犬か猫を飼いたくて、私をうまく乗せれば母は折れると踏んでいたようだが、家に帰ってその話を二人でしたところ、思わぬ速さで却下されたことがあった。

しかし、その時の父は折れなかった。自分が見つけて保護した猫。子猫にとって家での初めての食事が、自分の指からだったこと。様々なことが重なり、「飼いたい」という思いが勝る情が入っていたのだと思う。

そのまなざしを見て、母が完敗し、この猫を飼うことになったのだ。


因みにトイレは、いただいた猫用トイレを準備した瞬間、家族3人が見守る中、堂々とした。家に来てから1日と2時間後のことだった。

その後猫は「あずき」と名付けられ、我が家で今日も過ごしている。


あずきと過ごしているうちに分かったことは、恐らくロシアンブルーの血統種ではないということだ。その証拠に、不思議なしま模様がしっぽやおでこにあったり、よく見ると足から胸にかけて、毛が茶色く見えることがある。

これが、捨てられた大きな要因だと考えられる。

血統種が付けば、ブリーダーにとって7匹は高値で売れる最高のベイビーだったはずだ。

しかし、血統種がつかなかったことで金の匂いが消えた子猫たちに、もう用はなかったのだと思う。

かなり残酷な表現を敢えてしているのは、ブリーダーの気持ちがわかるという意味ではない。ブリーダーにとって、犬や猫は金なのだ。生きている大事な命ではない。

その証拠に、1週間も前からニュースになるほど厳しい寒波が押し寄せる日の夜に、仮設トイレの中に捨てている。

トイレの中に捨てたのも、寒さをしのげるようになんていう優しい理由ではないと思う。なぜなら、仮設トイレの天井をよく見ると、換気口として天井の一部が切り取られたデザインをしている。つまり、囲われた空間なだけで、外気温とほぼ変わらないのだ。

トイレに捨てたのは、どちらかというと自分たちが捨てに来たことがバレないようにするためだと思う。

父の会社周辺に人が来ることはほとんどない。会社の横に別の会社も2つあるが、人が来るとしたら会社に来るためで、土日は獣の方が人よりもいる場所だ。

誰にも見つからないように捨てたと考える方が、納得のいく状況が出来上がっていたのだ。

それを裏付けるように、同一人物かは分からないが、父親の会社には猫や犬が捨てられることがよくあったのだ。これまでもその犬や猫は、会社の看板犬にしたり、引き取り手を自分たちで見つけていた。


元々、「天才志村動物園」を見て、「もし、ペットを迎え入れるなら、次は保護された子にしようね」と家族で話していた。

今まで、母の実家で飼ってきた子は、ペットショップの売れ残りをそこで働いていた叔父が引き取った子で、ペットショップの残酷な現実を私たち家族は、そこで働く家族のおかげで目の当たりにしていたのだ。

とはいえ、まさかこういった形で保護して、我が家に迎え入れる未来があるとは誰も思っていなかった。


しかし、あずきとの出会いで、私の中でペットショップ、ペット販売に対する違和感を抱いた。

命を売買する必要は果たしてあるのだろうか。ペットショップに売られた子の方が、かわいい顔をしているのだろうか。毛並みがいいのだろうか。利口なのだろうか。

保護された猫や犬と何が違うというのだろうか。強いて言うなら、「保護された」という肩書だろうか。もしそんな理由でペットショップの子を選ぶ人間がいるのなら、この上ないほど馬鹿馬鹿しい。


あの日捨てられた7匹は誰も命を落とさずに生きている。しっかりと生きている。もっと言うなれば、あずきの姉弟は、もう既におばあちゃんになっている子もいるのだ。あの日途絶えるかもしれなかった、あずきたちの子孫は、途絶えることなく命のリレーを繰り返している。当然、人間の常識と人間が負える責任の範囲内で。


これ以上、あずきたちのような子が生まれないように、毎日祈るばかりである。


#うちの保護いぬ保護ねこ

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