まずは、現状を把握する

提案したいこと

①教員の働き方の負担(労働時間、精神的負担)の軽減 ②公教育の構造的転換期にあることを理解し、現代のあるべき教育の姿に舵を切る ③保護者の「お客様意識」改革 ④地域のマンパワーを生かして、子ども達を、地域が育む ⑤インクルーシブ、多様な社会を支えるための、多様な人間同士のコミュニケーションを主眼とした教育

①給特法、変形労働時間制について、現職の教員が反対の声をあげている。彼らの声を丁寧にひろい、教員がこれ以上疲弊しないよう正しい労働環境を整える。また、どうしてそれほどまでに時間、精神的に追い詰められているかを調査し、業務内容(学校運営、授業内容)を大胆に見直す

② ①の大前提は「公教育の構造的転換期にある」という現状を正しく理解し、過去の栄光にとらわれず、今の時代、目の前の子ども達、教員の姿がすべての判断基準として、誤った方針、無理のある施策は勇気をもって方針を転換する

③モンスターペアレントという言葉が聞かれて久しいが、学校に対して、劣悪な優位性で苦情や無理難題を押し付ける保護者がいることは事実。学校側も対応に苦慮して、応じていたり、必要以上に保護者や地域に対して萎縮してしまっている。学校側が応じるが為に、一定数の保護者が増長する傾向はある。逆に、正しく、学校の在り方に対して問題提起したい、再考してほしいと願う保護者も、声をあげることで、一定数の不見識な保護者と受け止められるのではないか、また、子どもという「人質」に不利益に働くのではないか、と正しく学校に対し対応できなくもなっている。こうした背景の上に成り立つ、学校が、社会通念からどんどん切り離されて、独特の学校文化を強固に作り上げている。学校・保護者ともに、萎縮せず、できるものはできる、できないものはできない。看過できないものは伝える。という対話と姿勢を身に着ける。行政は、学校を理不尽であったり、暴力的だったりする保護者からは守るべきだが、一般的に家庭の仕事を学校で引き受けさせるような取り組みは見直し、家庭・地域にゆだねる仕組みを構築する。

④学校は配属教員のカラーでその風土が変わる。だが、その学校であったり、そこで成長する子どもは、移動するものではなく、そこの地域性の基盤である。「学校は地域の民度の基盤」という観念を地域社会が共有する。誰が校長になろうと、どんな担任がこようと、この小学校はこういう理念のもとに、わが街が育むという視点で地域社会が支える。地域コミュニティスクールとは、そういう理念において活動する。学校の内部にもっと関わるべき。

⑤人間とは、人と関わることで社会を構築できる。いまの学校での滞在時間中、子供はどれくらいの時間、他者と関われているだろうか。授業中に誰かの意見に賛成だとか、反対だとか、そういったものは、コミュニケションではない。子ども達が自分の自由意思に基づいて他者と関わる時にのみ、生きたコミュニケーションは発生する。その中において、数々の人とのかかわり、自分への気づきが芽生え、生きる力を培っていく。その中で他者を受け入れにくい場面も出てくる。それを避けるのではなく、その場面において学ぶように大人が導く。それは、答えを押し付けるのではなく、より善いと思われるように態度で示し、子どもがくり返し遭遇する場面で、より善い社会の一員とふるまえる態度を示していくこと。多様な考えを持つためには、多様な出来事に遭遇するしか得られる情報はなく、いま目の前に起きている、起きようとしている出来事を数多く知ることが、成長するに従い、あらゆる場面で想像力を働かせ、柔軟に生きていく支えになる。そのためには、多様な出来事に出会わせることが肝要である。大人が一方的に、これは、子供のためになる、だとか、これは悪だ、と決める付けることがすでに子供たちの多様性を奪っている。「生きる力をつける学習」とは、カリキュラムに沿って教科書を読むことではなく、実行動・実体験など五感を使い、語らうことで身に着けるもの。基礎学習とプロジェクトと自己表現の組み合わせに舵をきるべきで、かつ、多様な考え方、人との交わりを重視するべきである。

そこで提言

・公教育の教員たちの意識調査を行う(アンケートを取る)・そのアンケートをもとに、改革案を練り、拠点校を設定する ・地域一丸となり、学校改革に着手する

⑤は分かりにくいってアドバイスをもらったけど、実は私の肝はここなので、これは私の忘備録として残しておきます。改革はここにたどり着くことが一番の目的だから。①~④は、あくまでも実践型教育の在り方に舵を切っていくための布石だから。

さて、提言をもっと具体的にすると。

・公教育の教員たちの意識調査を行う→アンケートを取る=先生たちを早く帰らせるための根拠を取るような内容にせねば。 ・⑤にたどり着くのは、まだまだ先の話。というか、こういう市民の声などを聞いて、行政が主導してくれるようになれば、案外早く着手してもらえるかも。どちらかというとそちらを期待したい。 

・拠点校っていうアイデアは、名古屋大学准教授 内田良さんから頂いた。先日、内田さんが 市議との対談動画を収録する場に立ち会わせてもらえたけど、その時にもらった。拠点校として、実践してしまうってこと。私の提案:小学校はどの学年も最大2時下校。教員は16時半退勤。朝、8時出勤とはいうけど、子供たちの登校の見守りで、7時台前半に出勤している先生がいることは想像に難くない。その先生方は、朝、自分の家族に行ってきますって言えていない人もいるはず。だから、平均を取って、7時半出勤していると思えば、16時半退勤でまともでしょう。本来取るべき休憩の1時間なんて、取れないんだから、せめて早く帰れるように。子供たちが14時に下校してくれれば、2時間半は残務処理と翌日の準備、会議。それだけでいっぱいいっぱいで、恐らくその時間では足りない。そういう人こそ、タイムカードで残業管理。タイムカードを付けることでとにかく労働時間・学校拘束時間を把握する。労働時間を考えるならば、タイムカードの導入はマスト。どうのこうの言えば、これは実態解明と同時に学校改革の拠点校なわけだから、導入することに意義がある、と突っぱねる。

子どもが早く帰ってくることに反発する保護者が出る。私だって、そんなに早く帰ってきてもらったら本来は、困る。学童には入れない。就業証明書がしっかり取れる家庭ではないから。でも、子供だけで留守番させるのは、いまでこそ(小5)できるが、低学年の時は恐い。そこで、地域のマンパワーの登場。これだって、地域が子供たちをともに育むって標ぼうされているのだから、これを実際に具体的に作り上げる努力をするべき。場所は、学校でいい。家庭に帰れる子(保護者がいる、とか、留守をさせても大丈夫と保護者が思っている)は帰宅すればいいし、安全な場所で夕方の時間を過ごして欲しいと思う家庭の子どもは、学童とは別の地域マンパワー拠点で過ごす。例えば4時半で終了。そこからの帰宅はそれぞれが自分で家に帰る。もともと家には一人で帰れるんだから。集団下校じゃないと不安、というのは、地域コミュニティの劣化のせい。この拠点校はこういう時間帯に子供たちが動く、ということを地域コミュニティが理解し、受け入れ、ともに見守る、という意識を作り上げる。なので、4時半前後から、お年寄りやら、買い物に行く人やらお巡りさんやら、地域パトロールの人やらも、地域をぶらぶら歩けばいいんだ。人と人が動くことでコミュニケーションが生まれる。それは地域力の向上につながる。行政あげて、この拠点校エリアはそういう人の動きがある、ということを全面的に支える。例えば、スクールゾーンの車の速度規制を警察に申し立てるとか、振興事務所の職員に町内パトロールさせたっていいじゃない。ほんの1時間の行政の業務くらい、他の人で分担できるはず。市民にだって、その時間は行政が町内を回る時間だから、って周知させておけば、その時間帯を避けてくれるよ。

労働時間を削るっていうのには、とりもなおさず、業務の見直しが必須。ここは、教育とはどうあるべきか、日本各地で革新的改革をしている教育者に協力を仰いでもらいたい。教育の本質から考えると、いまの業務の大半は本質から外れていて、その本質的でない業務が膨大になっていて、先生を忙殺していることが理解できるはず。反対に本質の為の業務だって、生半可ではできない。でも、それこそが、本質的な教育のための創造的な労働なわけなので、先生の精神的な負担感はうんと軽減されるはず。それは、真の教育を提供される子どもにとって、もっとも有益だし、創造性をもった先生に導かれる子供たちは、どんなにのびやかに人間性を伸ばしていけるだろうか。

ということを、念頭に、まずは、実態調査ができるように、市役所に話を聞きに行ってみる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?