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【君また、青春】第十七話「私は、怠惰が嫌いなのかもしれない」

第十七話「私は、怠惰が嫌いなのかもしれない」

「ただいまー」
私は玄関の扉を開きながら気の抜けた声でそう言った。
すると玄関には仁王立ちをする父、橋向権蔵の姿があった。何気に初登場だよね。
「桃香、母さんから聞いたぞ、最近帰りが遅いそうだな! まさか男にたぶらかされているんじゃないだろうな!」
そう、権蔵父さんは私にぞっこんなのだ。
ただ彼は特殊な職業に従事していて滅多に家に帰ってこないことが幸いである。
「ごめん、私は若いころの父さんみたいにモテモテじゃないから、安心して大丈夫よ…。とほほ…」
「私の可愛い娘がモテないわけがなかろうが‼ なにか疫病神にでも取りつかれておるのだ! 今度除霊に連れてってやるからな、娘よ」
「はいはい、ありがとう父さん。でも除霊とか絶対行きませんから」
そういって私はスタスタと自分の部屋へ戻っていった。ただ疫病神にいくつか心当たりはなくもないかな。誰とは言わないけれど。
 荷物を戻して食卓に着くと、リビングには夕飯を済ました弟がソファーでくつろいでいた。かずちゃは二回目の登場であってるよね?
「かずちゃ、チャンネル月九に変えて」
「姉ちゃん、いつも見てないじゃん。テレビのことは俺に任せな」
「あ、うん」
私は全然頭が回っていなくって、会話が続かなかった。
こんなに疲れるの日々が続いていることは滅多にない。私はそのままゆっくり母が温め直した夕飯を一人で食べていた。正面で堂々と夕刊を読んでいる父さんを気にしながら。
 そうして一時間が過ぎようとしていたころ、テレビに飽きたのかかずちゃはテレビを着ると、眠そうに私の方によってきた。
「そうだ姉ちゃんに言っときたいことあったんだよ」
「なに言っときたいことって?」
「あのな姉ちゃん、何かに没頭することは何かの失うってことさ。今自分の周りにある何かに注意しな。…それだけ」
かずちゃはこんなふうに私に教えを授けるかのような言い回しを度々してくる。そして大体彼の言うとおりになる。
私はぼやけた頭で大きく頷いた。
「そうだ、父さんもだからな。あんまり家庭を蔑ろにすると、そろそろ母さんも切れるよ。離婚も視野に入れときな。じゃあ、二人ともおやすみ」
かずちゃの大人びた物言いには、違和感というよりも圧倒される。
まったく立派な息子を持ったな、父よ。そう思いつつ、父と二人きりのシチュエーションを弟にまんまと作られてしまった。あー気まずい…。
今日私疲れてるのに…。

 次の日の朝、授業は始まる前に昨日の様子を聞こうと角川君に声をかけた。周りから誤解されないことを祈りながら。すると彼は浮かない顔をしていた。
「ごめん、橋向さん。昨日は最初は僕が仕切らせてもらう形でやらせてもらったんだけど、途中で部活関係の緊急招集がかかっちゃって、それ以降はほかの子に任せたんだ」
「誰に任せたの?」
「それが、僕のことを気遣ってか、みんなが僕をすぐに行かせてくれたから、その後どうなったのかはわからないんだ。本当に無責任なことをして申し訳なかった」
角川君は本当に申し訳なさそうにしていた。別にまったく責められるべきことでもないのに。彼は中身までイケメンすぎる。
「ぜんぜん気にしなくていいよ! こっちも手伝わせちゃった立場だし。とりあえずまたね!」
私はそうやって言い繕うと、自分の席に戻った。
 戻ると当然のように隣の席には向井地の野郎が阿保ずらで本を読んでいた。もと話といえばこいつがちゃんと仕事すればいいだけの話じゃん!
私はちょっとムカついてきて、目を合わせないように話しかけた。
「ちょっと、あんた。昨日はクラスの準備に参加してたの?」
「僕はあんたではない。向井地だ」
するとこやつは黙ってしまった。相変わらずめんどくさい奴め!
「ちょっと! 私の質問に答えなさいよ!」
「前半の時間帯は当然授業中にカウントされるから参加せざるを得なかった」
「あっそう、その先は?」
「…文化祭準備とは名ばかりの人間ジャングル状態だった、これで十分か?」
「え?」

私は堪忍袋の緒が切れたかのように突然立ち上がってしまった。(完)

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