【君もまた、青春】第二十二話「私は、こんなクラスが好きみたい」
第二十二話「私は、こんなクラスが好きみたい」
向井地の足跡が完全に聞こえなくなったのを確認すると、私は廊下に姿を現した。頭切り替えなきゃだよね、みんな屑野郎だもん!ってあいつの影響受けてるなんてめちゃくちゃださいよ、私様よ。
頭の中で一人乗りツッコミをかましながら教室の方へ歩いていると、途中の水道には何色かよくわからないパレットと大きな青バケツをもった咲季の姿があった。咲季は私に気づくと蛇口を閉めた。
「ハシムーじゃん、さっきなぜかよくわかんないけど向井地が探してたよ。私が行ってもよかったんだけど、あいつが先に…」
「そうだったんだ、心配させたみたいでごめんね! 今日はお化け屋敷ずっと手伝えるから、びしばしこき使って!」
「そうなんだ~。ハシムーはいるだけでモチベ上がるから助かるわ。っていってもクラスの作業は向井地の独断で仕切られてるから、あいつに何やるか聞いてみて!」
それを聞いた私は自慢げな顔をしていたようで、咲季は笑いで頬を膨らめていた。
そして私は彼女が持っていた青バケツを受け取ると先に教室に戻った。
教室に戻るとあいかわらずクラスはわちゃわちゃしていた。肝心の向井地は、何事もなかったかのように一人教卓を机にして何か資料を作成している様子だった。
「あんさ、向井地。私は何を手伝えばいい? それとも『自分で考えろ』?」
すると向井地はだるそうに私の方に目を移し、呆れた顔を見せていた。
「いちいち喧嘩をうってきやがるな、屑女が。高坂に責任者をやらせてる看板の色付けの作業を手伝ってこい。それが終わり次第、後方の大久保たちが準備している衣装の縫い合わせを手伝え。それを終えたら…」
「ちょい待って! 指示には従うから一遍に言わないで! 一個ずつ聞きに来るから」
「どいつもこいつも…」
「はい、はい。屑ですみませんでした、ごみ屑さん!」
なんか今の私にはこいつの超悪いフレーズが楽しく思えるくらいだった。
そして気づけば私の後ろには四人くらいの列ができていた。こいつ、全員に対してこんな風に細かい指示を出してるわけ…、ログ・ホライズンのシロエの「フルコントロール・エンカウント」か! かっこいいなこの野郎!
すると列の最後尾でニコニコとハサミをザクザクさせていた夕夏と目が合った。
「あら、桃香さん、お疲れ~。向井地君がやってるの『フルコントロール・エンカウント』みたいでなんか羨ましいよね~」
「夕夏ちゃん、私ログ・ホライズンのファンだって言ったことあったっけ…?」
「桃香ちゃんのことなんでもお見通しです!」
「私が男だったら夕夏ちゃんに即座にプロポーズしてたわ」
「答えはもちろん『イエス』ですよ。よろしくお願いします」
最後に夕夏が口を閉じてにこっと笑いかけて首を傾げるしぐさが、一目ぼれを不可避なほど可愛らしかった。指輪はちゃんと用意しとくからね!
咲季が戻ってくるのが見えた。彼女も恵理那と同じだったんだ! 私は彼女たちのもとに駆け付けた。
「恵理那、調子はどう?」
「どうもこうもないけど、まあまあ順調だよ。ただまあ絵の具のせいでこのざまだけど」
恵理那の顔は、黒い絵の具によってお化け屋敷を準備しているお化けと化していた。
「恵理那、まだお化け屋敷始まってないよ?」
「も~、言われなくだってわかってるですけど! あんたの顔だってね、汚してやるんだから~、えい!」
恵理那は急に持っていた太筆で私のほっぺにべたっとその黒色を一書きしてきた。
「ちょっと何すんのよ~! 私だってやり返してやるんだからね!」
「おい! そこ! さぼってんじゃねえ」
教卓から向井地の声が届いてきた。まさか指示だけじゃなく監視までしているとは。もはや現場監督やん。
「へ~~い!」
すると私以外の教室にいた全員が一斉に声を合わせて返事をした。
「向井地が口出ししてきたら、クラスのみんなで『へ~イ』って返事しよって話になってるのよ」
黒染めの恵理那が私の近くでそう囁いた。
クラスのみんなも工夫して協力してるんだな~。こういう悪ノリの一体感ってすごく羨ましい光景だったけど、今自分がそこに居られるのは本当に幸せなことなんだなって思った。
向井地はきつい性格ではあるけど、逆にその正直なところがクラスのみんなから信用され受け入れられているみたいだ。私もそのノリとやらに乗っかるとするか!(完)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?