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【君もまた、青春】第十六話「私は、なにか忘却したいことがあった」

第十六話「私は、なにか忘却したいことがあった」

 翌朝、早々に私たちは生徒会室に集うと、さっそく片っ端から各クラス委員長に話をつけに言った。といっても一筋縄でいくはずもなく、悉渋い顔をされ、なかなかペースが順調にいかない。
 そして放課後、すべてのクラスで文化祭に向けた本格的準備が一斉にスタートする。二年三組では出し物がお化け屋敷に決まったはいいものの、以後向井地はめっきり働かなくなり、私が二足の草鞋でクラスをまとめざるを得なくなっていた。いままではそれで何とかなっていたものの、この度の一件で私の文化祭におけるキャパシティは限界を迎えてしまったのだ。そんなことを考えていた午後の休み時間、私は男子に声をかけられた。
「ちょっといい、橋向さん」
「あ、うん、うん?」
「話すの初めてだからそういう反応になるよね。同じクラスの角川だよ」
そう、知らないはずもない。彼はスポーツ、学業、ルックスと全てが万能な学年の人気者、角川一郎だった。
「あ、確かに案外初めましてだね。それでどうしたの?」
「あのね、お節介を承知で話すんだけど、この文化祭における橋向さんの仕事量って僕たちと比べて圧倒的に多くて大変だと思うんだ。クラスのことも文化祭実行委員会のこともあって。だから僕にも手伝えることないかなって思って声をかけた次第さ」
この人、モテる条件全てクリアしてる上に、こんなに気を使える人だなんて、もはや完璧な男だ。これだけ完璧なら誰だって好きになるわよ。
「橋向さん、黙っちゃったけど、どうかな?」
「あ、うん、考えてみるからちょっと待ってね!」
私は彼の優しさに甘えるほかないと考えていた。正直今は予算の交渉を第一に行わなければならない。それではクラスの活動には参加はできないだろう。でも私が不在だからと言って相方の彼(向井地)も動いてくれそうな様子じゃない。よし、こうしよう!
「ありがとう、角川君。お言葉に甘えさせてもらうね。それで、今現在、文化祭実行委員会としての仕事がかなり立て込んでいて、クラスまで手が回りそうにないの。だから角川君にクラスのまとめ役をお願いしてもいいかな?」
私は普段だったら絶対やらないであろう上目遣いを用いて、必死につぶらな瞳を演じようとした。
「僕は別に構わないが、僕なんかがリーダーやってみんな反発しないだろうか。それに考えすぎかもしれないが、向井地君の委員長としてのメンツも潰すことになりかねない」
角川君に反対する子なんているわけないだろバカ野郎って思ったけど、ちゃんと向井地のことを私よりも気にかけているその言葉が印象的だった。
「ぜんぜん大丈夫、みんな大賛成なはずだよ!向井地だって自業自得よ!」
「君がそう判断するなら僕は喜んで協力するよ」
「ありがとう~」
そうして彼は自分の席にぼちぼち戻っていった。

 そして放課後、私は角川君を讃える拍手を聞き終えると、そうそうに実行委員会の仕事に向かった。これでよかったんだよね。それから帰宅までの私はクラスのことには目もくれず、必死に予算交渉に勤めた。努力の甲斐あって、何とか一日で一年生に関しては目処がついた。
だいたい一クラス六千円は回収できた。つまり明日以降は二二年生の各クラスから四千円を徴収できれば問題は解決する。しかし先輩という立場で押し切れた一年生とは違って、同じ学年との交渉は今日以上に難航するだろう。疲れ切った頭でそんなことを考えていた。
「ねえねえ、桃香さんってば。疲れすぎて意識飛んでるの? 道路に出るのは危険だよ」
「あ、由菜ちゃん。おはよう」
「おはようございますw、そしてお疲れ様!今日はよく働いたよね!」
「あ~うん、そうだね~」
「ところでクラスの様子はどう? 桃香さんのところ、お化け屋敷だったよね! 桃香さんは何の役をやるの?」
彼女の言葉で私は唐突にクラスのことを思い出した。もはや過去の私は忘却しようとしていたのかもしれない。
「由菜ちゃん、私の役はⅩです」
「あ、そうなんだ~、まだ決まってないんだね。でも焦ることないよ! 生徒会では最後の詰め込み作業なんていつものことだし!」
由菜ちゃんが急に気を使ってきた。というか「Ⅹ」が一発で通じた由菜ちゃんに拍手を送りたい。
「まあ、クラスも何とか頑張ってみるよ! ありがとう!」
そんなこんなで、そろそろ由菜ちゃんの家の灯りが見えてくるころだ。(完)


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