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「男(女)はこういう生き物」という思い込み
以前、フィギュアスケート選手の織田信成くんが出演する某番組を見ました。織田くんといえば、涙もろかったり、Twitterで変顔や愉快なことをしたり、他のスケート選手と仲睦まじい姿を見せたり「感情が豊かな楽しい人」という印象が私の中にあります。
私が見たのは旅番組で、そこでも織田くんは感情豊かで、表情が目まぐるしく変わるだけでなく、他の出演者にもとても優しく寛容でした。誰かを攻撃するような言葉はもち
少子化問題の極論と現実
「産休育休有休を整えて男性も女性も休みやすく長時間労働をさせない環境にして欲しい」という文章と、世間の声にウンザリしている風刺イラストを一緒にTwitterにアップしたところ、予想外の反響があり驚きました。
ニュースで女性の活躍・少子化対策という言葉を聞く度に現実とのギャップを感じていました。政策の中身の乏しさに、私は何度も失望していました。女性の活躍と、どうして女性だけにスポットを当てるのか。
フィクションによる影響と現実
※繰り返しになって大変恐縮ですが、私の真意を誤解されて新たな負の連鎖を繰り広げたくないという思いがあるので、先に注釈させて頂きます。
私のnoteは「私個人が感じたこと・考えたこと」で、それ以上でも以下でもありません。読んだ方がこの文章をどう感じるか、何を考えるかも自由ですが特定の人や作品を攻撃したい・虐げたいという思いは一切ありません。私は、問題とされる人や作品の、さらにその背景にある社会問題
メディアの変化や影響について思うこと
日曜日に早起きした時は仮面ライダーやプリキュアを見たりするんですけど、子供向けなのに内容は大人にバシバシ突き刺さる内容なので面白いです。
今朝のプリキュアは突き刺さりました。オレスキーという敵がいるんですが、この敵が「一番じゃないと価値がない」と世界を破壊しようとするんですよ。一番じゃないと価値がない、これも「完璧主義」の「盾」なんですよね。でもプリキュアの力で最後には「別に一番じゃなくてもいい
自己尊重と感情の解放
前々回の記事で「不安定な自己像と優越感(劣等感)」について触れました。
常に自分と他者を比較すると不安定な自己像ができてしまい、優越感と劣等感の間で揺れ動き、安定した「等身大の自己像」が見れなくなってしまうという仮説でした。
今回は、自分で自分を尊重する「自己尊重」をしてまず傷ついた自分を癒し、次に長年蓄積した負の感情(怒り、憎しみ、悲しみなど)の解放を優先する、私が認知のゆがみを矯正させるた
不安定な自己像と優越感
ACや認知のゆがみから回復するには、自分で自分を尊重すること、自己尊重すること、つまり、等身大の自分(自己像)を認識して受容れることが自分にとって近道だったと数日前にTwitterでつぶやきました。
「自己尊重するには具体的にどうしたらいいか」というリプライを頂き、方法をまとめようと思ったのですが、前準備として、「等身大の自己像」とは一体何か。そして、その逆の「不安定な自己像」や「優越感/劣等感
家庭に「毒」が生まれる瞬間
最近、「妖怪ウォッチ」という作品が子供を主体に流行ってますよね。どんな作品なのかなーと思ってアニメを途中まで見てみたのですが、これがすっごくおもしろい。楽しいという面白さというより興味深いという面白さでした。…というのも、今私が色々考えている諸問題に当てはまるからなんです。
今回取り上げるのは、「毒親と呼ばれる存在はいつから毒を持っているのか」という問題です。
※「毒親は犯罪者と一緒!異質で異
人間の内外に存在する「膜」という概念(仮説)
田房永子さんの書かれた「痴漢と膜」の記事を読んで、ここ数日色々と考えてしまった。(参照:どぶろっくと痴漢の関係)
とても考えさせられる記事で、記事の主題材である痴漢の垣根を越えて、「膜」とは一体何なのか仮説を立てて考えていた。そんな時、プチ炎上してTwitterなどで物議を醸した「エクレアとシュークリーム」の記事が話題に。(参照:女性の皆さん、寝て起きたら昨夜のケンカは忘れてくれませんか?)
毒親問題を過剰否定するに至る原因は「同一視」?
先日、フォロワーさんから、「母娘関係の歪みや機能不全家庭がクローズアップされても世間の理解はなかなか得られないどころか、渦中の子供達が非難・糾弾されるのは何故なのか」という投げかけを頂いた。
これについて、私もずっと考えていた。世間は、子供が暴力やネグレクトで虐待死してしまったニュースには「子供がかわいそう」「この親は人でなし」と正当な反応ができるのに対し、人格否定や過干渉など心理的虐待になると