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再生の牙  (ショートストーリー)

コイツは人間なのだろうか。
目は虚で、一体どこを見ているのか分からない。
コイツの目に一体何が映っているのか、
何を見ているのか…。

私の腕を両膝で抑え、
首を絞める。

もう疲れた。

私の貯金が底をつくと、
週末の夜になると、
「飛び降りろ!!」
と、ベランダに締め出された。

私は何が起こっているのか理解できなくて、
泣くしかなかった。

ある日、殴られ、泣きながら警察を呼んだ。
「一体どこを殴られたんですか?
どこも、赤くなってませんよ。」
と、まるで私が加害者の様だった。
まるでコイツが被害者の様に警察は優しくした。
自分を止めるものは無いと知ったコイツは、
次の週には、歩けなくなるまで蹴りつづけた。

その前に、
生まれてくるべきじゃなかったのかも知れない。

生まれた時の作文を書いた。
先生の気にいる様な作文。
明るくて幸せな作文。
それを読んだ母親が、
「誰があんたが生まれた事を喜んだの?」
と、冷たい目で言った。

ダレガ ウマレタコトヲ ヨロコンダノ?

私は、祖父が名前を付けなければ、
名前さえなかったかも知れない。

生きている意味のない、命?

必死で、絞める手を離そうともがく。
より一層、膝で体重をかける。

「誰か助けて」
そう本当に自分が叫んだ時のことを思い出す。
今は、叫ぶこともできないけど…。
そんな事、本当に叫ぶ事があるんだと思ったら、
自分でおかしくなった。
笑うことも、出来ないけど…。
誰か助けて…。
そう叫んでも、誰も助けてはくれなかった。
誰にも届かない声は、恐怖そのもだった。
神なんか居ないのかも知れない。

誰からも必要とされない命。

もう疲れた。

「もういいじゃない」
そんな声がした。

そうだよね…。
本当に、もう疲れた。

もう、いいよね…。

抵抗する事を止めた。


視界が白くなっている。


抵抗しなくなった私を死んだと思ったのだろう。
ギョロギョロと、目を動かし、手が緩んだ。


緩んだ瞬間、
私は顔近くにあった夫の太ももを噛んだ。
私の犬歯はすごく発達していて、
右の犬歯が太ももに刺さった感覚があった。

断末魔の様な声を出し、夫は飛び退いて行く。

全てが無意識の出来事だった。
私の犬歯が
「ドラキュラみたい」
って、言われた事なんか忘れていた。

太ももからは、ドス黒い血が流れている。
「DVだーーー!!」
「お前のこと訴えてやるからな!!」
「お前なんか殺して、俺の人生、棒に振ってたまるか!!」


怒鳴り声で、ようやく呼吸していない事に気付く。
息をしなくちゃ…。


お前なんか殺して…?


その記憶は細胞に刻まれるんだ。
喉を締めた感覚。
犬歯の刺さった太ももの傷を見るたび、思い出すかもね。
誰もあなたを裁かなくても、
細胞が入れ替わるまで、その記憶を覚えてる。


お前なんか…?


私は、お前のために産まれたんじない。
私は私のために生まれたんだ。
私が生まれた事を誰が喜んだかって?

私だよ。

私は私のために生まれたんだよ。

もしかしたら、
自分のために生きられない私に、
神様がお前を差し出したのかも知れない。
もしそうなら、
イヤな役割をさせて申し訳ない。

でもその代わりに、
自分の命が必要ないなんて二度と思わない。
私は私のために生きる事を誓うよ。

だってさ、私の無意識は生きる事を選んでいる。
もしかしたら、
それは神の意志かも知れない。
どちらにしろ、
生きる事を選んだ事に違いはない。


窮鼠 猫を食む

…?

獣には獣?

私も獣だったのか?

もう二度と、猫を食む…なんてしたくない。

穏やかな光に包まれて暮らしたい。
きっと、
光を見失わなければ、辿り着くだろう。

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