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緑の木と太陽 (2) : ストーリー



では、続きを…。




みんなが帰って、
ガレージのシャッターを閉め、
薪ストーブに火を入れお湯を沸かしました。

「珈琲、持って来たよ。」
「まだ、残ってたの?」
「大事に飲んでたから。…なんか疲れたね。」
「だって、ここまで歩いただけで、疲れるでしょ?」
母は笑います。
「そうだ。半日歩いたんだもの。」
つられて笑ってしまいました。
26km歩きましたが、仕事があるわけでもないので、
時間の縛りがないと楽しく歩けました。
前なら、
こんなに歩いて明日仕事になるかな?…とか、
気にしながら生きていましたが、
どこまで歩こうと、疲れたら寝ればいいんですから。

ゆっくりと珈琲を入れ飲みました。
節約してるので、かなり薄い珈琲。
でも、筋肉の強張りが解けて行きます。
いっぷくの飲み物は、どんな時でも、
魂を呼び戻すようでした。

雨の音。
それはもう、強弱こそあれ当たり前の音です。
時々、この音を消したい…と、思うようになっています。
気にならない時もあったけど、
気になり出すと、無性にザワザワしました。

「自分の家は引き払ったの?」
「うん。もうあそこに住む必要ないから。
ここで暮らした方が何かと便利だし。
こんな風に、薪ストーブなんか焚けないもの。」
「…あなたも失業者だけど、殆どの人が失業者ね。」
「失業者なんて、死後になるよ。
仕事してる人の方が少ないし、お金を稼いだって何処で使うの?」
私は肩をすくめて少しおどけました。
「意外にお気楽ね。」
母は笑いながら言いました。
「母さんには負けた! 
まさか、倉庫の食糧みんなあげちゃうなんて。」
薪ストーブの炎に視線を移しながら、
「子供がひもじい思いをするのは辛いもの。」
と、母が言います。
…母さんが、そんなこと言うなんて嘘でしょ?
母はそんな人じゃない。
でも、そこは口に出しませんでした。
「でもね。緑の木が食べられるのよ。
母さんは探し物してたから、見てなかったでしょうけど。
明日、明るくなったら母さんも食べればわかるから。」
冷凍していて、既に解凍されていたおにぎりに、
味噌を付け焼きおにぎりにして母に渡しました。
「あなたは?」
「私ね、緑の木を食べたの。もうお腹、いっぱい。」
母は結構痩せていました。
ちゃんと食べてなかったようです。
子供はお腹が空くけど、老人だってお腹は空きます。
それなのに、私を気遣うなんて、本当に母らしくない…。

薪ストーブで沸かしたお湯で体を拭いて、
することなんかないから、
そそくさと家に戻って、布団にもぐり込みました。
雨の音がしたけど、
規則正しい雨の音は眠りを誘います。
気になり出すとザワザワするけれど、
結構、雨音はいい音楽です。

      *

翌朝、目を覚ますと、薪ストーブに火を入れました。
お湯を沸かすと言う行為は、妙に落ち着きます。
火を見ていると落ち着くし、
温かい飲み物を、フーッと息で冷ましながら口に運ぶ、
口から入った飲み物で体が温められる…
その行為は、体だけでなく、
体の中の何かも目覚めさせてくれます。

お湯を沸かして、味噌を溶かしただけの味噌汁と、
焼きおにぎりを食べました。
見ると、ガレージの隅に洋服がたくさんります。
「あの洋服、どうしたの?」
「食糧と物物交換したの。交換って言っても、
みんな置いて行っただけなんだけどね。
だから、繕ったり、リメイクしたりしてるの。」
「リメイクしてどうするの?」
「そこに並べて置くと、欲しい人が持ってくんだよ。
今はね、綿の服を解いて、
寝たきりの人のオムツを縫ってるの。
初めは、佐藤さんが欲しいって言ったんだけど、
段々、寝たきりの人が増えたから。」

赤ちゃんより、寝たきり老人の方が増えていました。
少子高齢化は、今始まった事ではありません。
長雨で老人達は益々、体を動かさなくなり、
ここ最近は寝たきりになる人達が増えていました。
毎日、雨だからセロトニンの分泌が悪くなり、
鬱傾向になると、動くことが億劫になります。
雨で運動量も減って、筋肉量が減ると、老化が進みます。
ビタミンDも減って、転ぶと直ぐ骨折しました。

母はと言うと、
オムツに始まり、子供服や古着のリメイクを請け負って、
前よりも忙しいようでした。

「繕った洋服を、そんな風に置いていたら、
みんな持って行ってしまう人はいないの?」
ふと、疑問が浮かびました。
「お金を取るわけでもないから、
好きなだけ持ってく人は持ってくだろうと思ったの。
それが、そんな人いないのよ。
気に入った物があれば、一つだけ持って行くの。
こんな雨の世界で出かける事もないからかも、知れないけど、
お金が関与しなければ、そんなものなのかも知れないわね。
それにここは、みんなのクローゼットのようなものかも知れない。
気に入った服を持っていって、着なくなったらここに持って来て、
またリメイクしたものを持っていく。
新品の物は、肌着だけで済んでしまうのかも。」

新品の洋服は、滅多に手に入りません。
それでも、誰も着る物に困らずいられるのは、
それだけ沢山、洋服が作られていたのでしょう。

雨が降り続き、元気なのは緑の木だけです。
あ、苔たちも元気です。
得体の知れない、滑っとしたキノコも増えました。
もし、
緑の木がなければ、みんな飢え死にしたでしょう。
きっと、今頃パニックです。
人が人を、食べるために襲うような事もあったでしょう。
そうならずに済んだのは、緑の木のおかげです。
早速ネットで流さないと…。
緑の木が食べられる事を知らない人の方が多いはずです。


続きは、また後日。



記述後記

本当は、もっとテンポ良く進めるつもりでしたが、
止めました。
時間の粒が見えるくらいゆっくりの世界で、いいや…と、
思ったのです。
だから、ネバーエンディングストーリー並みに、
長編になるかも知れません。
このストーリーの世界は、ゆっくりで暖かで、湿っていて、
私にとっては、とても心地の良い世界です。

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