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習作『瑛士と悠志』

「だから言っただろう!」


  築浅のマンションの廊下に、青年の声が響いた。今、瑛士の肩を背後から拳でグリグリしているのは悠志だ。


  瑛士は背が高くて、背中が広い。


  細身ではあるが筋肉がついていて、学生の頃、ボクシングに打ち込んでいたというのも納得がいく。


「『君のご両親に挨拶にいけ!』と言ったのは、悠志だろう」


「あれは言葉の綾って言うんだよ!」


  頬を膨らませて怒る悠志は、まだ幼さの残る18歳だ。


  小柄で華奢なことを気にしているが、教壇に立って歌って踊るようなクラスの人気者で、時々調子に乗りすぎて、担任の瑛士に怒られたりもする。


「うちのとーちゃんは、昔ながらの江戸っ子気質なんだよ!それなのに、『私は悠志さんの担任の春川瑛士です。真剣にお付き合いさせていただいております。高校を卒業したら、同棲させてください』なんて、マジで言うか!?」


「いつか言おうと思っていたんだ。タイミング的には悪くなかった」


  そういう瑛士の頬には拳で殴られた痕がハッキリある。


「で?  どうする。今夜も泊まっていくのか?子猫ちゃん」


「子猫ちゃんいうな!この間のTシャツ洗濯してある?」


「もちろん。俺は令和彼氏だからな。アイロンまでかけちまったぜ」


「じゃあ泊まる」


  そういうと悠志は制服のポケットから取り出した合鍵で、瑛士の部屋に先に入っていく。


  2LDKのちょうどいい広さのマンションは、ほとんど悠志のもので埋め尽くされていた。


  特にコレクションしているフィギュアは、自宅に置く場所がないと、瑛士の家に全部持ち込んでいる。

  最初は文句を言っていた瑛士も、今では諦め、先日閲覧専用の棚を買ってやってしまったほどだ。


 「でも、なんで今日は、瑛士のお兄さんが経営する塾に寄ったの?」


  肩から斜めにかけていたバッグを放り出し、ソファーにどっかりと座った悠志は、瑛士がドレッサーの前でネクタイを緩める姿を見た。


「今日のことで職をなくすかもしれないからな。いざとなったら英語講師として雇ってくれと言ったんだ」


「そしたら、見事に殴られたと……」


「そう、『人生、そんなに甘くねぇ!』ってな」


   確かに、男同志で付き合う自分たちの人生は、甘くないだろう。普通の人生より傷つくことはたくさんある。瑛士の頬の殴られた痕のように。


「なぁ、瑛士。今日は俺が上に乗っていい?」

「可愛く腰を振ってくれんならな」

「バカ」


  この時、悠志は少しでも瑛士を慰めたいと思った。    

  味方なんてひとりもいない自分たちの傷を癒しあって、互いを守りあって、死ぬまで瑛士と一緒に悠志はいるつもりでいた。


「でもまぁ、『また本気で困った時は、頼ってこい』て言われたから、それなりのできだったんじゃないか?」


  瑛士はワイシャツも脱ぐとバスルームへ消えていった。こんなチャンスはないと悠志も瑛士の後を追ってバスルームへ飛び込む。


「そんな可愛いことするってことは、今夜もニャンニャン泣かされる覚悟があるってことだな?」


  温かいシャワーの中、瑛士がいやらしくニヤッとした。

「ニャンニャンは泣かないよ。アンアンは言うかもだけど」

  見事に殴られた痕に口づけてやる。


  今がコロナ禍で良かったな、せんせ!  と心の中で思う。じゃなかったらその痕、生徒に聞きまくられるぜ?


  でもこの時、悠志は世界で一番幸せだった。  

  実家にだって、一生戻れなくても構わない。


  だって、自分の両親に本気で頭を下げてくれて、大事なお兄さんにこんな風に殴られても、自分との未来を考えてくれて。ここまで腹の据わった愛しい男がいるのだから。


  キスをして、悠志は笑う。


「なんか瑛士が可愛く見える」


「八つも年上の大人をからかうんじゃありません」


  行為が本格的に始まり、愛しさだらけで身体中がいっぱいになる。そしてそれが弾けた頃にはヘロヘロになっていて、身体を拭かれてベッドへ連れていかれるのだ。


  大丈夫。俺たちなら、大丈夫。


  悠志は思う。


  恋愛なんて、根拠のない愛のかたまりだ。

  そのかたまりをどれだけ長く抱いていられるか?

  それを紙にして証明するのが『結婚』なら、俺たちにはいらない。


「死ぬまで離さない……」


  ベッドの中で抱きつきながら言うと、瑛士が笑った。


「そりゃ、俺のセリフだ。ってか、本村悠志くん、卒業単位は足りているかな?」

「うっ!」


  急に教師の目をした瑛士に、悠志はそろそろと顔を上げる。


「明日から補習。俺の家から出るな。マスク手洗いは絶対だし、外出も短時間。友達と遊ぶのも控えろ」

「はーい」


  俺のことをほんとに考えてくれてるんだなぁと、思いながらもう一度抱きつくと、睡魔という心地よい悪魔がやってきた。


「好きだよ、瑛士。俺らって、ほんと相性いいよな」


「確かに相性は言いけれど、現実はそんなに甘くないぞ。俺たちがゲイであることがネックになることがこれから多々あるかもしれない。それでも俺を捨てないか?」

後半、情けない声が降ってきて、悠志は元気づけるように笑った。


「捨てるわけないだろう。拾われたのは俺の方なんだから」


  あの、桜が舞う校庭で、目が合っただけでわかった。二人の永遠が。


  だから校庭の隅に蹲っていた悠志を、捨て猫のように拾ってくれたのだ。抱きしめてくれたのだ。

  当たり前のように抱き締め返したら、温かかった。

  これが『恋』なのだと、悠志は全身で感じた。

『辛い』ことと『永遠』を天秤にかけても、圧倒的に『永遠』の方が重たかった。


  大丈夫。
   

  俺たちは大丈夫。


  根拠なんていらない。
  

  もし、根拠が必要な時は言ってやる。

『地球が回るのと同じ力で、瑛士のことが大好きです』と。

(終わり)


※これは習作です。文章の中に、いかに自然に彼らのバッグボーンや設定を書き込めるか、練習した作品です。もちろん三人称です。BL作家を目指して、投稿作を書いて、一人称で「やあ、僕の名前は〇〇。27歳の社畜サラリーマンだよ」とか書いてる方、その時点で落とされますよ〜💦💦主人公の設定やバックボーンは、できるだけ自然に地の文に織り込むといいと思います。と言っても、私も習作なんてものを書いてるぐらいなので、上手くいってるのかわからないのですが(( ̄▽ ̄;;)ア、ハハハハ…

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