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しあわせをよぶ青い箱

目的の工場は古い田舎町の中、伸び盛りの雑草で埋まった空き地とボロ住宅の間にあった。
俺は工場横の事務所の前にバンを停めた。
2階建て事務所の壁の濃紺のタイルはあちこち剥がれ落ち、磨りガラスの窓はヒビが入っている。昭和の遺物そのものだ。


俺の大叔父は貸し倉庫業を営んでいる。俺はそこで学業の合間に入る臨時のバイト君だ。
今日の仕事は一人でこの町工場の事務所から木箱を運び出し、貸し倉庫へ納めること。
この町工場の元社長である依頼人江田口さんが言うには、木箱の中身は紙が入っているだけで軽いから一人でも作業できるらしい。

『紙は書類ですか』
『違う。木箱はこの工場の“幸運のお守り”だ。必ず手順を守って搬出してくれよ』


事務所の厚い扉は無施錠だった。田舎らしい緩さだ。
江田口さんから預かった工具箱を手に1階の埃まみれの廊下を歩く。各部屋はがらんどうで何もない。突き当りにある社長室も、幅広のデスクと椅子しかなかった。
社長デスクの真後ろと窓側に扉が並んでいた。窓側は給湯室とトイレに繋がる廊下らしい。
「こっちが倉庫か」
室名札を見た俺はデスク側扉の横の蛍光灯スイッチを押し、ドアノブに手をかけた。

軋む音を立て扉が開く。
一歩踏み出した途端思わず俺は声を上げた。
「うわっ?!」
異様な部屋だ。
狭い倉庫は薄暗い青色の光に染まっていた。暗めの青色LEDの下、床の中央にあるミカン箱ほどの台の上には真新しい御幣が立てられ、濃紺の影を落としている。
さらにその奥の壁には、天井に届くまで壁一面に靴箱ほどの木箱が整然と積まれていた。全ての木箱のには紙が貼ってあり青色の光を反射している。
「おい、これが“お守り”なのか?」

異様さに思わず後ずさった、その時だった。
ミシミシ…キシッ
甲高い何かが割れる音がした。
木箱壁から紙が落ちた。それは人懐っこい笑顔の子供の写真だった。
見上げると木箱のひとつにヒビが走っていた。
バキッ
箱板が内側から、割れた。

【続く】

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