シャンパンな人生

お盆も過ぎ、秋の様相だ。リボンが解けるように気候がするすると落ち着いてきている。

秋、新しい世界へ向かう事になった。ここ4〜5年、公私ともに様々な事象に耐える機会が多く、正直キツかったが、その状況も少し改善出来そうだ。いや、次の場で違う種類の涙を流すかもしれないが、経験により増えた対処の手数が自分を支えてくれるだろう。唇を噛み締めて堪えた日々は、きっと糧になってくれるから。

これから人と交わる中で、改めて肝に命じておきたい事がある。

村上龍「テニスボーイの憂鬱」より。

誰かを幸福にすることなどできない、他人にしてやれることなんか何もない、他人をわかってあげるのも無理だ、他人に自分をわかって貰うのも無理だ、他人を支配するのも不可能だし、支配されることもできない、そのことを、女だけがわからせてくれる。電話をするたびに胸が震えるような素晴らしい女だけが、そのことを教えてくれるのだ。他人は必要ではない、そんな生き方をしなければいけない。つまりグラスのシャンペンみたいにキラキラと輝いていなければいけない、他人に対してできることは、キラキラと輝いている自分を見せてやることだけなのだ………………

女がどうこう、のくだりは龍さん節全開だが、それ以外の部分がとても身に沁みる。
身内も恋人も、況してや友人や仕事仲間など、人は本当の意味で完璧な理解をし合うことは不可能だ。
自分を完璧に理解できるのは自分しかいないから。もっと言えば、己ですら把握しきれていないのではないだろうか。
分からないものを支配、柔らかく言い換えれば指導やアドバイス、或いは心を掴むことは出来ない。思想や行動を規定できるのはあくまで表面上だけだ。心は誰にも侵せない。

ハライチの岩井勇気さんは、幼少期からコーチである父の元でサッカーに明け暮れ、スポーツ推薦で高校に入るほどの腕前にまで成長した。一方で好きなピアノや絵画の教室にも通い、技術を磨きつつ楽しんだ。同級生の澤部佑さんらとお笑い談義にも興じていたことだろう。
長じた結果、彼の手元に残ったのは職業としてのお笑い、またアニメ鑑賞やバンド活動などの趣味だ。後者も好きが高じて仕事にまで昇華している。親御さんが後押ししたサッカーに関しては現在、プレーは元よりテレビで見てもいないそうだ。「正直、好きではなかった。親の半強制だったから」とラジオなどで漏らしている。
つまり、本人の中にモチベーションがないと、いくら才能があっても定着しないのだ。
自分自身や周囲を振り返っても同じだなと感じる。

とは言っても、仕事には〆切、勉学には試験がつきものだ。社会を生きていれば、色々な場で「あるレベル、及第点」を求められる機会は多い。またティピカルな世間の目から逃れられない時もある。マネジメントや指導・教育、或いは気楽なアドバイスに至るまで、上記の制約を念頭に置かない人はほとんどいないだろう。つまり「こうしなさい」「この方が良い」と言わざるを得ない事態は少なくない。
それでも私は、「人が人にしてやれることはない」という考え方を強く支持する。それは自分の思惑や期待を押しつけても無意味だ、というのと同義である。

内的に「好き」の萌芽がないと、モチベーションには繋がらない。
例えるなら、その人の心の引き出し、「冷蔵庫」にある材料を探して使うのがはじめの一歩だ。いきなり無いものを買ってきても上手くいかない。豆腐が常備してあるのなら、まずは冷や奴からだ。軽い薬味を足せば美味しくいただける。徐々に味わいを知り、料理の習慣をつける。その後「麻婆豆腐が作りたい」などと欲が出て豆板醤や甜麺醤を買ってくる、という展開が呼び込めればベストだ。最初は本人の性質や能力を引き出す。後にそれを活かすための学びや成長へ導く、という流れなら、無理なく才気を伸ばせるはずだ。私的な交わりでも似たようなものである。その際、周囲・或いは自らに求められるものは観察力である。

また、どうしても向いていない・やりたくないものに取り組まなくてはならない場合は「やる気がない」ことを逆手にとって、合理的対応を極めるという方策もある。例えば「早く帰りたいから効率を上げる」作業を頑張る、といったように。そのうち合理化そのものが楽しくなるという展開はあり得るだろうが。

ただ一方で「無償の愛で尽くしたい」という気持ちが宿るのも人間だ。大切な人やものに触れた時、この深い愛情を伝えたい、あらわしたい、形にしたいと感じるのは自然な心の動きである。
その時、もっとも相手の心を動かすのは、それこそ「キラキラと輝いている自分を見せる」ことだと思う。無論具体的なヘルプも力になるだろうけれど。
物心ともに、自主自立・自律が良い人生の到達点だ。助け合いつつも依存はしない。求めるだけではなく与える。
与える力を皆が出している共同体はよく回る。自分の機嫌をきちんと取れる人が多いほど健全なコミュニティが成立しやすい。
求めるだけの人ばかりだと、飢えた狼の巣のようになってしまう。

押し付けがましくない人間でありたい。その人・状況を余分な考えを持たずによく観察し、正確に捉えたい。そして、愛情を持って物事にかかわり、役に立てればと思う。
どうなるかは分からないが、残りの人生を心豊かに過ごすためにも、努力や配慮を惜しまず、地道に歩んでいく所存だ。時々立ち止まるかもだが、コツコツがんばります。

このエントリだとシャンパンを載せるべきなのだが、最近飲む機会がなかったので、代わりに先日いただいたロゼを。とても爽やかで美味しかった。

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