刃はどちらに向いている

先々週、ひとつのニュースに衝撃を受けた。

少女が13歳から8年間、架空の妻子持ちMLBライターになりすましていたことが発覚
8年間野球ライターとして活動していたライアン・シュルツという妻子持ちの中年男性が、実は現在21歳の女性であることが発覚したのだ。
ベッカ・シュルツは13歳のときから架空のライアン・シュルツという男性になりすまし野球ライターとしての活動を続けてきたが、今月に入り、女性へのハラスメントがきっかけでなりすましが発覚したという。
現地9日に米サイト『デッドスピン』が報じ、多くのファンが衝撃を受けている。

現地サイトには、かなり詳細な記事が掲載されている。↓
Teen Girl Posed For 8 Years As Married Man To Write About Baseball And Harass Women

拙い語学力につき、概要の把握レベルに留まるのをお許し願いたい。が、アウトラインだけでもひっくり返る。

ベッカは、13歳からTwitter上で野球オタクとして活動を開始した。自分の知識に自信があった彼女は、なめられないためにプロフィールを偽る。既婚で二児の父親だ、と。
的確な文章は評判を呼び、フォロワーもどんどん増えた。最終的には、SBネイションという大手野球サイトなどへ寄稿するまでになっている。
しかし、虚偽の設定は徐々に彼女を苦しめていった。ストレスがたまると、ベッカは女性蔑視的なツイートを放った。また、複数の女性へ対してwebからアプローチをし、ヌード写真を送らせた。親しくなった相手と、電話で「生々しい」やり取りをした事もあった。相手はその「声」に戸惑ったが、まさか少女が成りすましているとは夢にも思わなかったようだ。

今回、(web上で)親密な関係になった女性のひとりが、不倫相手ライアン(実体はベッカ)への復讐を目論んだ結果、Facebookを介し、事実が発覚した。

ベッカは、ライターの仕事を失い、謝罪ののちTwitterアカウントを削除している。何度も止めようと思ったが、フォロワーもたくさんいるし…と、踏ん切りがつかなかったそうだ。

ちなみに「SBネイション」は、信頼性の高い、野球・ホッケー等のスポーツサイトだ。
ライターは基本的に無給で、貰っても最大月100ドル程度。玄人裸足の素人に書かせるのが運営方針らしい。そもそもライターの数も膨大なため、彼女の虚偽を把握できていなかったようだ。

「なりすまし」はスラングで「catfish」と言う。訳しても訳しても意味が分からず、スラング系で検索かけてようやく腑に落ちた。由来はテレビ番組のタイトルなんだそうな。ゲスいプログラムなんでしょうね(偏見)。

………

読めば読むほど、胸の詰まるニュースだった。

初めはほんの出来心だったんだろう。何とかして野球ヲタとして認められたい、ライターになりたい、って野心が私を突き動かした、って本人も言ってる。
大人側の意見としては、「13歳少女の野球ヲタ」の方が価値が出る気がするけどさ。

行動原理の根っこは、年齢から考えて、恐らく家庭環境だ。お父さんが野球好きで、男尊女卑な家なんだろうか。ミソジニックな発言も、家での価値観の反映と推測される。
また、一種の自傷行為でもある。女として生まれた自分を、日々罰してたのだから。
一番ショッキングだったのは、(web上の)恋人たちからヌード写真を送らせた、ってところ。そこまでやるか?「自分が想像する『男』を演じた」とベッカは語っているけど、彼女の周りの男性はそんな人ばっかりだったのだろうか。知性に欠け、高圧的でエロく、女性を大事にしない人たち。そんな男しか目に入らなかったのか、彼女のフィルターを通すと皆そうなってしまったのか。
送られてきた胸の写真を見て、ベッカは何を思ったのだろう。

あと、自分が既婚(設定)なのを棚に上げて、相手がデートしてた、って分かるとキレたりしてたそうな。なんという歪み。切ない。男なら許される、って思ってたのかな。自分がどんなに狡くても、相手を支配下に置いていいって。
いや、「私だけを見て」って声が聞こえる気もするな。
相手の女性に向けた刃は、そのまま自分にも刺さっていたことでしょう。悲しい。悲しいよ。

ベッカは、「男は力である」と思っていたのかもしれない。自分の非力さを知るからこそ。その聡明さがねじれに拍車をかけた。
「力」を得た彼女は、傍若無人に振る舞った。力のない「女」を叩きのめそうとした。
飲み屋でお姉ちゃんをバカにして管巻いてる系のおっさんを憑依させ、「やな感じ」を振りまいていた彼女だが、実生活は恐らく大過なく過ごしていたと思われる。
ネット上で別人格を装う人は少なくない。人は多面体であるから。TPOで引っ張り出す人格を変えるのは、悪い事ではない。むしろ社会性のある常識人であるとさえ言える。
しかし、一人の人間に宿る多数の人格は、全く無関係ではない。各々が影響を与えあう。
「力」は「女」を痛めつけた。「弱い」と決めつけた。大好きな野球は「力」の源であり、「弱さ」を罰する化け物にもなってしまった。槍で自分の甲冑を貫くような思春期だ。
苦悩の森を彷徨うことは、人生そのものだ。この世は地獄だが、時々現れる美しい景色が痛みを癒す。野球を書くことは、ベッカにその両方を授けた。野心もとい虚栄心が、罪悪感の芽生えを邪魔をしていたのかもしれない。

13歳から21歳の8年は、あまりに長い。

ベッカは今後、丁寧なカウンセリングを受けるべきだと思う。どう考えても。
勿論、セクハラは対同性に対してもあってはならないし、成りすまし行為もダメですよ。
でも、己の中の女性性を日々傷つけ続けた事、そうせざるを得ない発想を持ってしまったことまで、罪にしてはいけない。ベッカには心の傷を治し、幸福な人生を歩む権利がある。
ある程度、心身が落ち着いたら、持ち前の文才を生かして、また何らかの形で世に出てきたらいい。腕のあるライターだったからこそ、8年も活動出来たんだろう。増してまだ21歳、失敗なんか当たり前だよ。
彼女に、真に幸せで穏やかな日々が訪れるのを願ってやまない。

看護師のブロニー・ウェア著『The Top Five Regrets of The Dying(死ぬ瞬間の5つの後悔)』より。
正直に生きろ!幸せを諦めるな!

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