境界奇譚 魂器
注意※死や残酷な描写があります。
気をつけてください※注意
ビル群がある。
オフィス街というより歓楽街。
夜はそれなりに明るい。夜景をウリに観光化を狙ったが失敗に終わっている。
年齢に関係なく性別に由来する事なく、千鳥足の人や肩を担がれている人、吐きながら泣いたり笑ったりしている人がいる。
スナックや胡散臭い会社が入っているビルの屋上に貨物用のコンテナがひとつ。くすんだ赤色。何となく海の匂いや風がする。
近くでビルの解体があった時に無理を言ってクレーンで屋上に乗せてもらった。
工具で壁に穴を開けて窓を作った。
コンテナの横には所狭しと置かれている日焼けしたプランターにホースの口を親指で押して水やりをしている女の子がいる。
男物のロンTのゆるゆるの首周りから下着の紐が見えている。ガムテープで引っ付けた便所サンダルを履いて太ももを片足で掻いていた。
時刻は10時前。地上の人々は労働に勤しんでいる。
汚したトイレや風呂を掃除をしたり散らかっていないカウンターに消毒液を吹きかけたり、溜まった請求書を机の中に押し込んだり。
女の子はあくびをした。
屋上の扉が開いたので振り返ってみると、男が陽の明るさに目をしぼめていた。
男は女の子後ろを通り過ぎてコンテナの奥に曲がった。
先にはただ柵とポリペールの水色のゴミ箱があるだけ。
女の子はプチトマトをひとつ千切って口に放り込んだ。皮がはじけて中からジューシーな液が溢れる。何回か咀嚼する。
その次の瞬間は何かに気づいたかのように目を見開きホースを投げ捨て、男が向かった場所に急いで駆けつけた。
男は柵を越えて街を眺めていた。
「こんにちは!!」
女の子が男の背中に向かっていった。
男は女の子を目の端っこに入れる。
「人がいたんですね」
「天気いいですね〜!」
「午後から雨が降るらしいですよ」
「そうなんですか!? 今年の梅雨はどうなるんでしょうね〜!」
オーバーリアクションで声を張っている。
「・・・どうでもいいですよ。先のことなんて」
「あ。やっぱりそうですよねー。もう、どんな天気だろうと関係なくなっちゃいそうですもんね」
男は少しだけ女の子をちゃんと見ようとして、首を戻して街を見下ろす。
「蝉の声も聞けなくなっちゃいますよ」
「・・・」
「蝉好きですか?」
「子供の頃は夏が大好きでした」
男が姿を消した場所をしばらくみ続ける女の子。
それから、プランターのところに戻ってホースの蛇口を閉める。色づき始めたプチトマトを千切ってゆっくりと口に押し込んだ。
さっきまで男が居た柵を越えた場所に女の子も立った。
街を眺めて、湿度を肌で感じて、コンテナがあるビルの何処かの階から匂ってくる漂白剤の香り。車の走る音。宅配トラックの荷台が開く音。酒を運ぶ台車のタイヤの音。世間話と笑い声。
女の子は街に背を向けて、そのままベッドに倒れ込むように軽やかにビルから飛んだ。
歯にトマトの皮が挟まっていると舌で感じた。
女の子は地面に寝転がっていた。赤く染まった男の隣で。
おもむろに起き上がり、ゆっくりとした足取りでビルに入って、階段を10階分ほど上がって屋上の扉を開けた。コンテナにある寝袋の上にまた倒れ込んだ。
「ミヤ、またやちゃったの?」
口に咥えた魚をとって言うのは木彫りのクマの置物。
呼ばれた女の子は返事をしなかった。
「不老不死だからってそんなの事しても何の意味もないじゃん」
素焼きのシーサーが言う。片割れは居ない。
「ミヤなりのあれだよ」
「どれ?」
「んーなんだっけ。とむらいとか慰め、だっけ?」
「死人には届かないのによくやるねー」
「うっさい」
ミヤが応えた。
ミヤはいつの頃から不老不死の体になってしまった。
毒を飲んでも苦しむだけ。火炙りにあっても皮膚が爛れて痛いだけ。
時間はかかるが体が修復される。見た目は学生から20代前半。タバコ焼けのような声色
今は高い所から落ちたので身体中の骨が折れて内臓も体の中でごった返している。今回は運良く外傷は擦り傷のみ。
しばらく動けないだけで、時間が経てば骨は引っ付き、内臓は元通りに機能し始める。
お腹は空くが空くだけで弱るだけ。
話していたクマとシーサーはこの街にいる妖怪。
少しして、救急車のサイレンが聞こえる。
クマとシーサーは柵に飛び乗って下を見下ろす。
警察と救急隊員、野次馬であふれかえる裏通り。
寝袋の上で手に持ったものを確認するために目を開けるミヤ。
クリアカットされているガラス球。透明だけど白い絵の具を垂らした水のように濁っている。
苦悶に顔を歪めて手を元に戻しか弱い力で握りしめる。
死んだ人の生きた証。魂とも少し異なるもの。魂を入れる器。元の場所に還すためにミヤはここに居る。
魂は各神様の元に専属の使い魔が送り届ける。
体は地球の土や海や灰になって還る。
魂の器の帰属場所はあの世とこの世の境目にある。
ミヤは魂器の飛脚。魂器は何故か引き取り手が居ない。
「ミヤ、まーた体を粗末に使ってるでしょーーー」
フードを被った黒いマントの女の子が入ってきた。
死神のドラグ。狙撃銃を背負っている。
「そう言う事したら、ポケベルなるからやめなー。マ人間じゃない証明書の発行や提出面倒臭いんだからねー」
「マヤは感傷に浸りたいんだよねー」
クマが言う。
「人間じゃないのにねー」
シーサーが加勢。
「マヤも登録すればいいのに。妖怪の」
「うっさい。寝れん」
しばらく死神と置物2体は駄弁った。
夜の8時ごろドラグが清涼飲料水とパウチに入ったお粥、サバ缶とコーヒーゼリーを持って来てくれた。
コーヒーゼリーは蓋を開けて置物2体の妖怪のため雑誌や空きビンで散らかっているローテーブルに置いてあげた。
クマが咥えている魚は一足先にゼリーの中に飛び込んだ。
ドラグはミヤに話しかける事も気にかける事もない。何度もこう言う事を経験しているから。
最近の仕事内容や職場の人の噂話を一通り話して帰っていった。
クマはミヤの足元にシーサーは首元を寝床にした。
クマの魚は飛び跳ねて天井の電気を消してから夜の空に泳ぎに出て行った。
ミヤは痛みで何度も目が覚める。歯に挟まったトマトの皮を舌で取る力が出ないまま。目だけ閉じてため息をついた。
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