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石岡瑛子さんの展覧会から感じた熱意と、その距離

会社の先輩に石岡瑛子さんの展示を薦められた。

失礼ながら、それまで石岡さんのことを存じ上げていなかった。仕事に行き詰まり、その現状から少しでも抜け出すヒントを得たいという本音から銀座のgggを訪れた。先輩はあくまで個人的に興味深い展示を紹介してくれたに過ぎなかったが、得られるものはすべて得たかった。

グラフィックデザインはサバイブできるか(ggg)

gggの展示は1階と地下にあった。1階には石岡さんが生前残した言葉が羅列され、その中で印象深い言葉をここに記録する。

不安と期待と自信が錯綜している時間を持たない仕事はダメだと私は思う。

展示された作品や会場で流れる本人の声からは熱意ばかりが伝わり、その場所に居続けると息苦しさすら感じた。不安に思う瞬間、石岡さんはなにを考え、どうしたのだろう。

地下にはPARCOのポスターを始めとした広告・キャンペーンの作品が展示されていた。石岡さんはグラフィック以外の分野にも活動領域を広げていったが、常に不安と期待と自信があったと想像する。

前田美波里さんを起用したポスターは美しいと思ったが、当時の日本が持っていた大衆的な女性像がどのようなものか理解できなければ、本当の価値を理解できないだろうと考えた。このポスターが店頭から持ち去られたという社会現象は、このポスターから感じられる力強さ・凛とした・自立のイメージに当時の女性が強く惹きつけられた為なのだろうか。

石岡さんは資生堂の入社面接のとき、「茶汲みなどではなく男性と同じ仕事と待遇を」と伝えたそうだ。そんなことをわざわざ伝えなければならないほど、当時の男女の働き方に扱いの差があったとすると、ゾッとする。そしてそんな環境でも真っ直ぐに進んでいく石岡さんの意志の強さと、デザイナーという肩書きの重みを感じた。

血が、汗が、涙がデザインできるか。(東京都現代美術館)

日を改め、好奇心が高まっているうちに別の展示にも足を運んだ。
東京都現代美術館では想像以上の作品数があり、体感としてgggの10倍ものボリュームに感じた。その作品すべてに熱量が込められており、美術館を出た頃にはクタクタになっていた。

gggにこの展示のチラシがあり、表に掲載されていたのは舞台「ドラキュラ」の衣装イラストだった。実際の衣装も展示されていた。

服飾デザインのことを全く知らないが、衣装イラストのほとんどが途中で終わっていたように感じた。ある程度のイメージが確立したあとは作ってみて試行錯誤するフェーズに移るとしても、展示されていた衣装から受けるイメージはイラストからそのまま具現化されたようだ。イラストの段階で、既に石岡さんの中には衣装イメージが出来上がっていたと考えられた。かなりの精度で。

自分が唯一知っていた作品は映画「白雪姫と鏡の女王」。白雪姫のブルーのドレスが印象的だった。背中のふんわりとさせたリボンも近くで見ることができた。素材は硬そうな紙のようなものに見えて、想像するのが面白かった。

白雪姫の展示エリアの隣には、石岡さんが高校生の頃に描いたとされる絵本があった。これは主人公が本人であるらしく、将来を描いたものと考えられている。高校生の頃から将来の希望を持ち、その通りに駆け抜けていった石岡さんの圧倒的な熱量。デザインは表現言語と自分も思う。わたしは誰かに伝えたいなにかを持っているだろうか。

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