悪魔パルマコスの悔恨
パルマコスの白い掌に赤い薔薇の花弁が落ちると、それは燃え上がり皮膚を黒く焦がした。
彼は心臓と喉を焼きながらせり上がってくる熱にえずき激しく咳こんだ。火の粉と花弁が口から溢れ出で宙に舞い、体を触れる端から焼いていく。
それは体のみならず存在を焼く火だった。
遥か昔、荒野、まだ神であることが許された時代から在る己が不可逆に損なわれていく。彼は屈辱と怒りに牙を剥いて喘いだ。
何もかもお前のせいだレイチェル、お前がいなければ─
パルマコスは体の内と外から焼かれながら火刑台に繋がれた女の足元に蹲り彼女を見上げた。女の右頬には大きな痣があり、緑の目は驚愕に見開かれている。
─ほら、生きてるってそれだけで尊いだろう?
かつて、火がついたように泣く血塗れの赤子を産湯につけながら、レイチェルはパルマコスにそう言って笑った。
だったら何故お前はこんな所にいる?俺を欺いたのか?
淫婦、売女、魔女め─
パルマコスは罵り、それでも彼女に向け炎を纏う手を伸ばした。
数か月後に炎に焼かれる運命を知らないまま、パルマコスがベリアルの賭けに乗ったのは立葵が咲く頃だった。
パルマコスが片方の角を弄りながら柳の木の上で辻を通る人々の魂を見繕っていると、ベリアルが傍らに降りてきてとびきりの魂を見つけたと嘯いた。
「ここらで最も神に愛された魂だ。モノにできたら炉の火が百年はもつ」
そう言って己の二本の角の間で煌々と燃える地獄の炎を指さした。
「神が唾つけた魂を堕とせるものか」
パルマコスは一蹴した。
「そうとも限らんさ。なあ貴公、暇を持て余してるようだな。無興の慰めとしてどちらがその魂を堕とすか賭けないか?」
パルマコスは悪魔、それも特に鼻持ちならず狡猾なベリアルが持ち掛けてきた賭けになど、たとえ己が悪魔でも乗るべきではないと思ったが、神に愛された魂とやらに興味が湧いた。
「どんな人間だ?その魂の持ち主は」
「森に一人で暮らす、年増の変人女さ」
【続く】
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?