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夢日記:パルティーヌ

こんな夢を見た。

19~20世紀のヨーロッパのような世界であった。
私は街角でサーカスのポスターを見た。

「麗しのパルティーヌ嬢によるグランギニョルをご覧あれ」

黒髪の美しい女性が微笑む版画のポスターにはそのように書かれていた。

サーカスは暗い森の中にあった。
テントは墨で塗ったように黒く、装飾はゴシック様式で退廃を思わせた。
興業は夜に行われ、人々は手に手にカンテラを持ってサーカステントに入っていった。

観客席は満員だった。
照明が暗転し喧騒が静まると、大きな張り子で出来た雄と雌の山羊が舞台に現れた。
それは本物の山羊より3倍は大きく、中に数人の人間が入って動かしているようだった。

山羊は最初、アコーディオンで奏でられる、どこか滑稽で不安を思わせる音楽に合わせて跳ねるように踊って見せた。
それは可愛らしく笑えるものだったが、やがて雄が雌を追いかけるような動きをし始めた。

雌は嫌がって逃げていたが、やがて雄が雌の背にのしかかり、腰を振る誇張された動きをし始めた。
そして山羊の張り子の喉に仕込まれているらしい、ラッパか何かの楽器がゲーゲーとけたたましく鳴り始めた。

交尾を真似てるんだと嫌でもわかり私は少し気分が悪くなった。
周りの客はみな笑っていた。

張り子の山羊の数はどんどん増えていき、音楽と踊りはさらに悪趣味な様相を極めた。
場内は異様な熱気と笑い声に満たされた。
鼻白む思いで私は出ていこうかと思ったが、パルティーヌを一目見たいと思いとどまった。

その後も悪趣味で猥雑な演目が続いた。
子供をいたぶる両親や朱儒を馬鹿にする様子を誇張して滑稽に表した寸劇や踊り等だ。

最後の演目になり、ようやくパルティーヌが舞台上に現れた。

パルティーヌはポスターに描かれた絵の何倍も美しく、黒髪に白い肌、黒いレースのドレス、そして赤い唇と青い瞳がモノクロームの中に鮮烈に輝いていた。

パルティーヌの横には黒い棺があった。
スポットライトに照らされ、観客が固唾を飲むなか、パルティーヌはその黒い棺に横たわった。
そして蓋が閉じられた。

世界から音が去ったように静かだった。

やがて、静謐が支配する空間にかすかに音が再び鳴り始めた。
それは、カリカリと何かをかじり、そしてゾワゾワと何かが蠢く音だった。

黒い棺が滲んだ。

いや、黒い棺を内側から何かが食い破って溢れ出たから滲んだように見えたのだ。

それは鼠だった。

棺の容積を考えればあり得ないほどの鼠の大群が溢れ出でた。

それはあっという間に舞台上を埋めつくし、観客席にまで殺到した。

悲鳴が響く。

鼠は観客を大群で貪り始めた。

一人の人間に津波のように動く数百匹が殺到し、体表面をすっぽり覆い隠した。
もはや鼠の塊のようになった体が狂乱して倒れこむが瞬く間に間接を破壊され動けなくなる。
食い破られた血管から流れる血まで鼠は啜った。
鼠が去ると白い骨だけがきれいに残った。

最も位置が高い観客席にいた私の足元まで鼠が来た。私は鼠を蹴り飛ばし必死に抵抗した。
こんなことで自分が死ぬことはとても許せなかった。

しかし鼠の数は圧倒的であり、観客の生き残りはもはや他にいなかった。

もはやこれまでかと思ったとき、鼠は潮が引くように、また舞台上の棺があった場所へと一斉に戻っていった。

そして鼠たちは密集し、一塊に凝縮して人の形を取っていった。

いつの間にか夜が明けていて、天幕の切れ目から日の光がさし、その人影を照らし出した。
パルティーヌだ。

彼女の背から何かが盛り上がり、左右に開いた。
それは黒い翼だった。

パルティーヌが翼をはためかせると、彼女は宙に舞い上がった。

天幕から漏れる光を透かしたその羽根が形作る精緻な美しさに、私は息をのみ、背筋が震えた。

パルティーヌは新しい羽根の動きを楽しむかのように空中でくるりとまわった。
その刹那、私と彼女の視線が交じった。

空を飛ぶ歓びと自由に満ちあふれた顔だった。
そして私の存在など何とも思っていない顔だった。

彼女は燕のように軽やかに舞い、天幕の間から空へ消えていった。

私は一人途方にくれ、観客を食らったのはあの翼を得るためだったのだろうかと考え、なるほど、これはグランギニョルだと思った。

そして、あんなに美しい彼女の翼になれるのなら、私も鼠に食われるべきだったのかもしれないという想いが、消えない錆のように胸に残った。

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