変異株とその表記について

変異株が色々あってわけがわからないよ、という方のために、「アルファ株」「英国型」「B.1.1.7」「N501Y」といった表記の意味を整理しようと思う。

世間の関心は「変異株の感染性は? 重症化は? ワクチンは効くのか?」であり、できればこれにビシッと応えて話を終わらせたいのだが、変異株は数多くあるし日々増えていくので一概には言えない。たとえばこの記事を書いてる途中でファイザーワクチンはデルタ株には非常に有効というニュースが入ってきた。

デルタ株が国内で拡大しつつあるので嬉しいニュースだが、こうした次々出てくる新情報に思考停止しないよう、変異株の表記をまとめておきたい。インターネット時代は敵の名前さえわかれば大体なんとかなる。大工と鬼六の世界である。

なお僕は医療関係者ではなく、分子生物学の研究従事経験はあるが、現在はただの小説家である。小説家の手癖でフィクションを書かないように慎重を期したつもりだが、間違いがあったらコメント欄や Twitter DM などで指摘してほしい。


まず4択クイズ。冒頭に挙げた「アルファ株」「英国型」「B.1.1.7」「N501Y」だが、この中でひとつだけ仲間はずれがある。他の3つは同じものの別名で、ひとつは指す対象が違う。どれだかわかるだろうか。

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正解は N501Y である。他の3つはどれも変異株の名前、つまりウイルス全体を指すが、これだけはウイルス内部の変異箇所について書いている。N501Y だけ視点が細かいのである。

まず B.1.1.7 は 「PANGO 系統名」と呼ばれるもので、どちらかといえば専門家向けの名称だ。どの株からどの株が派生したのかが識別しやすい(B.1 から B.1.1 が派生し、そこから B.1.1.7 が派生した)が、無機質で一般人には通りが悪い。

このため報道では、英国で発見された B.1.1.7 を英国型と呼んでいたが、こうした地名表記は差別につながると問題視され、5月31日にWHOがギリシア文字の表記法を発表した。こうして B.1.1.7 にはアルファ株という名前がついた。

ちなみにギリシア神話の神名も候補にあがったそうだが、企業やブランド名に多用されているので回避したらしい。確かに「ナイキ株の感染が拡大」とか報道されたらナイキの株価がストップ安してしまう。

なお、ギリシア文字表記はすべての変異株についているわけではない。変異株は日々発生するがギリシア文字は24個しかないので、WHO は注目すべき変異株(VOI)懸念される変異株(VOC)を定め、それらにギリシア文字をつけている。IOC はオリンピック委員会なので混同しないように。

執筆時点では11番目のラムダ株まで指定されている。最新情報はWHOのサイトで確認してほしい。


さて、アルファ株には、もともと中国で発生したウイルスと比べて、10箇所以上の変異が確認されている。以下がその一覧である。

69del, 70del, 144del, (E484K*), (S494P*), N501Y, A570D, D614G, P681H, T716I, S982A, D1118H (K1191N*)

4択クイズで挙げた N501Y はこのうちひとつで、感染性を上昇させる変異として知られている。同様の変異はベータ株、ガンマ株でも確認されている。つまり変異株と変異箇所は一対一対応ではないので注意してほしい。アルファ株は N501Y を含むが、N501Y を含む変異株がアルファ株ではない。

「アルファ株」と「N501Y」の表記は報道でどちらも確認できるが、これは表記法が不統一なのではなく、意味が違うのである。


【ここから少々マニアックな話。

変異箇所の表記についても解説しておこう。新型コロナウイルスのスパイク・タンパク質は1273個のアミノ酸でできているが、N501Y というのは「501番目のアミノ酸が、N(アスパラギン)から Y (チロシン)に変異した」という意味である。69del は「69番目のアミノ酸が欠損した」だ。(E484K*) のようにカッコ書きされているのは「この変異が見つかるものと見つからないものが混在している」という意味。

そして、現代科学をもってすれば変異箇所からかなり多くの情報が得られる。ウイルスのスパイク・タンパク質は、ヒト細胞の ACE2 という分子に結合するが、この結合の様子がすでに電子顕微鏡で撮影されており、501番目のアミノ酸が変異することで結合がどう変化するのかも原子レベルで解明している。これが感染力の変化を引き起こすわけである。

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また N501Y 変異は感染力を上げるが、スパイク・タンパク質全体の構造を大きく変えないので、抗体のくっつきやすさ(→ワクチンの効果)に影響しなさそう、ということもわかる。

一方、ワクチンに影響しそうな変異箇所としては、国立感染症研究所の記事によると E484K を含む複数変異が指摘されている。E(グルタミン酸)は生体内で負に帯電しているが、K(リシン)は正に帯電し、つまり真逆の性質を持っている。この変異がタンパク質の構造が大規模に変え、ワクチンで産生される抗体が結合できなくなる恐れがあるわけだ。

と、あまり景気の良い話ではないが、人類は次々現れる変異株に徒手空拳というわけではなく、敵の全貌をここまで明らかにしていることは注目しておきたい。

【マニアックな話はここまで。】


変異株についての日本語情報は厚生労働省が公開しており、Google で「厚生労働省 変異株 対応」と検索すれば PDF ファイルがいくつか出てくる。今のところこのPDF(6月3日更新)が最新版と思われる。できれば「このURLに行けば常に最新情報が載っている」というページを作ってほしいのだが……

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また日本における変異株感染状況については、都道府県ごとの変異株の拡散情報がここで得られる。幸いこちらは最新情報が見つけやすい構成になっている。

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英語を見ても体調を崩さない人なら、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)のサイトを見てみるといい。網羅性の面では僕の知る限りここが一番頼りになる。更新頻度も高い。

たとえばアルファ株について知りたいときはページ内検索で「Alpha」と入力すると、以下のような枠が見つかる。(※画像は2021年6月23日更新分のスクショで、今後更新される可能性あり)

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ここで見てほしいのは一番下の Attributes(属性)で、この変異株が従来型とどう違うのかについて説明されている。4項目あるがそれぞれ以下のような意味だ。

感染性は50%上昇
重症化が増える可能性あり
抗体治療への影響なし
ワクチンへの影響は最小

ワクチン接種は英語で vaccination であり wacutining 等ではないので注意。文末の小さい数字は、この記述について書かれた論文である。

同様にデルタ株について調べると、感染性は上昇し、またワクチンの効果を下げる可能性あり(potential reduction)とある。執筆時点でサイトの最終更新日が6月23日なので、冒頭で述べたデルタ株のニュース(24日)はまだ反映されておらず、今後変更される可能性がある。


最後に、この記事を通じて僕が一番言いたいことは、note が冒頭に勝手に付けるであろう注意書きのとおりである。

新型コロナウイルス感染症については、必ず1次情報として厚生労働省や首相官邸のウェブサイトなど公的機関で発表されている発生状況やQ&A、相談窓口の情報もご確認ください。またコロナワクチンに関する情報は首相官邸のウェブサイトをご確認ください。

新型コロナウイルスおよびワクチンに関する情報は、YouTube や SNS ではなく公的機関の情報を見てほしい。本記事が公的機関の情報を調べる補助になれば幸いである。



……最後と言ったがもう一言だけ。この記事はけっこう難しい話なので、内容がまるっきり頭に入らなかった方もいるだろうが、別に変異株だからって対策が変わるわけではないので、過剰に恐れる必要はない。従来どおり三密回避、マスク、アルコール消毒、ワクチン接種などの感染対策を徹底してほしい。


文章で生計を立てる身ですのでサポートをいただけるとたいへん嬉しいです。メッセージが思いつかない方は好きな食べ物を書いてください。