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琉球の長い午後 - SF作家の地球旅行記 沖縄編(1)

「沖縄行くくらいなら、同じくらいの値段で海外行けるよ」

冬休み前の学食で、隣のテーブルに座った大学生たちがそう話していた。卒業旅行の行き先を相談しているようだった。

確かに「沖縄」と「海外」を並べられると、具体的にどの国と指定されずとも、海外のほうに抗い難い吸引力があることは否めない。国境とは本来「越えられぬもの」であり、イレギュラーを共に体験した仲間には独特の連帯意識が生じる。これからそれぞれの道を歩むであろう友人たちとの時間を締めくくるには、これほどふさわしい儀式はない。

パスポートの申請手数料に驚き、携帯をどうするかで Chrome のタブをいっぱいにし、なぜか現地の日本料理店をチェックし、余った外貨を免税店でどう捌くか悩む。そういった一連のクエストをこなすことで、数年後に行われる誰かの結婚式で「呼ぶ友人リスト」の最上位に並ぶのである。

しかし、考えようによっては沖縄も海外旅行である。まず文字通り海の外である。47都道府県のうちトンネルや橋でつながってないのは沖縄だけだ。そして何より、那覇空港には国内線を降りたところに免税店がある

LCCの狭い機体を出た僕が最初に目にしたのは、南国の太陽と珊瑚礁の海ではなく DUTY FREE の文字だった。沖縄振興特別措置法なる法律に基づいて、例外的に免税店の設置が許可されているらしい。

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さて、今回の旅行記は沖縄編である。といっても実際に行ったのは2年前(2018年春)で、当時の写真を見て思い出しながら書いている。このところ《note の警告文が出るので名前を言えない例の病原体》で不要不急な外出の自粛を要請(変な日本語だ)されているため、過去の旅行を記すことでストレスを発散したい。

空港からは沖縄唯一の鉄道「ゆいレール」が出ている。24時間フリーパスを購入すると、QRコードを印刷された紙がにゅるっと出てきた。これを自動改札のカメラにスキャンさせる仕組みだ。この頃は「なとかペイ」も普及していなかったので、QRコードを切符に使うのが妙な気分だったが、磁気きっぷよりも低コストであるためJR等でも実証実験が進んでいる

跨座式2両編成の小ぶりな車両に乗り込むと、制服を着た中高生の姿があった。通学時間でもないし春休みだから部活か何かだろう。僕はモノレールというと遊園地内の移動手段を想像するので、モノレールが生活の足になる人生がややイメージしづらい。「沖縄育ちなので内地の電車が速くてびっくりした」とかいう Twitter エッセイ漫画が見たわけでもないのに目に浮かぶ。

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ところで皆さんは「行ったこと無い県」はいくつあるだろう。

森薫『乙嫁語り』6巻あとがきで「30代のうちに全都道府県に行きたい、現在22県」ということを書いていたが、おもむろにマウンティングをすると、僕は長い大学生活の間に自転車と18きっぷで貧乏旅行をしまくって、20代のうちに早々に全県制覇をしてしまった――沖縄を除いて。自転車で沖縄に行けるのは海軍大将青キジだけだ。

その後、研究職につくと多忙のため旅行する暇もなく……ということは別になかったが、公費による出張がやたら多いので「自腹で旅行とかもったいねえ」「そのうち那覇で学会とかあるんじゃね」「OIST に用事ができるかも」と精神的怠慢に陥り、沖縄に行くタイミングを逃してしまったのだ。こうして随分長いこと「沖縄除いて全県制覇」という歯切れの悪い肩書を掲げることになった。誰もそんな肩書気にしないので歯切れも何もあるまいが。

そんな状況にケリがついたのが2018年の春だった。ろくな研究成果が出ないまま任期あと1年となった僕は「研究職やめて小説家にでもなるか〜」と無謀なことを思いついた。となると自動的に出張での沖縄行きが不可能となるので、そのまま SkyScanner を開いて那覇空港行きのチケットを予約してしまったのだ。

いってみれば、沖縄旅行は僕にとっての決別の儀式だった。学生時代のやり残しである「全県制覇」というプロジェクトに区切りをつけて、人生を次の段階に進めるための通過儀礼だったのだ――本当はLCCのセールで行っただけなのだが、こちとら小説家なので心情描写を盛るのはご容赦いただきたい。

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ゆいレールは緩慢な速度で那覇市内を進んでいく。高架線なので風景を見るには丁度いい。建物をぼんやり眺めるだけで、自分の住んでいる場所とは随分違う文化圏であることがわかる。別にそこらじゅうの家にシーサーがあるわけではないが、建物の色がなんか黄色っぽいのだ。あと道路もなんか白っぽい。

30分ほどで首里駅に到着し、本土から持ってきた薄手のコートを手に抱えて首里城公園まで歩く。

首里城というと「日本百名城」等でよく見る赤い正殿のイメージが強いが、その敷地は広くひとつの公園になっている。正殿自体は復元なので、世界遺産に登録されているは城の遺構のほうである。小高い丘が分厚い石垣で何重にも囲まれており、まさに石垣島と言っていいが紛らわしいので言わない。

壁だらけの公園で階段を見つけて登ろうとすると、通りすがりのお年寄りが「そこよりもあっちから登ったほうがいいよ」と教えてくれるので、言われたとおりにあっちへ向かう。通りすがりのお年寄りというものは観光客にいろいろな豆情報を教えてくれる。RPGの村人は意外とリアルなのである。

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赤瓦の門をいくつもくぐると、やがて石垣の上に出る。城自体が若干高台にあるので、那覇港のある海岸まで見渡せる。敵が押し寄せてきたらすぐに琉球王に報告できそうだ。

公園内にはそこらじゅうにガジュマルの木が生えている。筋肉の発達しすぎた怪物がそのまま木化したような異様な植物で、日立グループ社員なら「この木なんの木、宇宙的〜」と歌い出しそうなクトゥルフ感がある。『地球の長い午後』ではこのガジュマルが地球の支配者となって大陸を覆い尽しているが、実物を見ると「なるほどこりゃ覆うわ」と納得する。(※正確には近縁種のベンガルボダイジュ)

赤い正殿の前には広場があるが意外と狭い。ここで外国の施設を迎えるなどの儀式が行われていたそうだが、琉球王国の人口は10〜20万人程度だったそうなので、そこまで大規模な広場は必要なかったのだろう。

正殿は改修されたばかりで異様にピカピカである。「もうちょっとボロっとしてないと歴史的威厳が漂わないのでは」とか思ってしまう。ロボットアニメのメカに対して似たような要求をする人も多い。たぶん作画コストだいぶ上がる。

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琉球王国以前の沖縄には山北・中山・山南という3つの国が存在し、それぞれ別々に明に朝貢していたらしい。こんな狭い島でも国境を作れるのだから人間のナワバリ意識はすさまじい。宇宙から国境線は見えないというが、それは宇宙が遠いせいである。

沖縄版三国志に諸葛亮孔明や劉備玄徳のようなキャラクターがいたのかどうかは定かではないが、結局百年ほどで中山が統一し琉球王国となった。首里城正殿にある「中山世土」というのは「ここは中山さんが治める土地ですよ」ということで、清の康煕帝から贈られたもの(の復元)らしい。

庭園を見ながら菓子が食べられるゾーンがあった。アジア圏で広く知られているように僕は甘党である。

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出されたお茶は「さんぴん茶」という耳慣れないものだったが、これはジャスミン茶の沖縄における呼称らしい。沖縄ではもっとも普通に飲まれている茶だそうだ。おかわり自由だったので4杯もらった。

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係員さんが庭の石について解説をしていたが、菓子をつつくのに忙しくて内容を忘れた。「噴火で飛んできた石なんですよ」とかだった気もするが沖縄本島に火山はないな。たぶんサンゴ礁で石灰質どうこうという話だろう。そういうことにしよう。

ひとしきり首里を見終わると、徒歩で那覇市の中心部まで向かう。今回の旅行は3泊4日で、那覇市内のホテルに3連泊である。椰子の木が街路樹として並ぶ国際通り(どのへんが国際なのかは不明)を歩く。夕飯にちょうどいい店はないかな、と紅芋タルトをパクついていたら結構腹がたまってきたので、ファミマで沖縄名物をひとそろい買ってホテルへ。(沖縄のファミマはやや独自路線をとっているらしく地元名物が買える)

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さんぴん茶は先述のとおりジャスミン茶であるが、ポッカが誰の許可で元祖を名乗っているのかは不明。ジーマミー豆腐は落花生で作った豆腐らしく、味は「甘くないプリン」といった感じ。オリオンビールは沖縄に本拠地があるビール会社である。食べ物に対して飲み物が多すぎる気がするが大した問題ではない。

「八重山日報」という聞いたことのない地方紙があるので買ってみた。八重山諸島は沖縄県のうち台湾に近いあたりを指すが人口は5万人ほどしかいない。その規模で独自の新聞があって沖縄本島版なんてものが出せるもんなのか。(今調べたら2019年3月に終了していた)

広告面を見ると県内の航空便情報が載っている。石垣〜那覇便はJALが1日8便、ANAも8便、他にソラシドエアも出ていて、田舎のバスよりもよほど交通が良い。あちらの諸島にも行ってみたいが、今回は初沖縄なのでとりあえず本島だけ巡ることにする。

2日目からはバイクをレンタルして沖縄の海を走る。いや海は走らねえな。海沿いの道路を走る。

(つづく)



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本文に出てきた首里城正殿であるが、2019年10月31日に焼失してしまった。歴史的威厳が漂うくらいボロっとなる前に消滅してしまったのが残念でならない。

この頃の自分は旅行記を綴る習慣がなくて、写真とちょっとしたコメントをSNSに書く程度だった。「行った場所がなくなるわけじゃないから、忘れるくらいが丁度いい」なんて思っていたが、どうやら旅行先がなくなる事もあるらしい。今後はなるべく文章に残していこうと思う。

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