日本のオタク、カナダのオタワ - SF作家の地球旅行記 カナダ編(3)

前回のあらすじ:ノートルダム大聖堂はUSドルでも入れるが割高)

アメリカ合衆国の独立記念日は7月4日である。これは誰でも知っているし映画化もされている。宇宙人が襲来することで7月4日が人類にとっての独立記念日になるというたいへんアメリカ的な素晴らしい映画を20年ほど前に見た。大英帝国は宇宙人である。

一方、カナダも英国から独立した主権国家ではあるのだが、先述したようにケンカ別れではなく円満独立なので「いつ国になったか」という点が若干微妙である。いちおう自治領としての政治を開始した1867年がひとつの節目になるらしく、7月1日の記念日は「カナダ・デー」というなんだか煮え切らない名前で呼ばれている。「建国記念日」みたいだ。

今回のモントリオール渡航は一応このカナダ・デーに合わせて日程を組んだのだが、上野君は研究室のボスに「カナダ・デーを見たいならモントリオールよりも首都オタワに行ったほうがいいよ」と言われたそうだ。たしかに首都であれば何の疑問もなく盛り上がれるに違いない。

しかし、ひねくれた自分としてはフランスの植民地だったのが敗戦でイギリスの領土になったあげくカナダとして独立した場所がどんなふうにカナダ・デーを祝うのかのほうが興味がある。きっと明治維新と向き合う会津人みたいなややこしい感情になっているに違いない。

大通りでパレードを行うとのことなので、熱中症対策を整えて向かってみた。歩道に見物客があふれている。あれに違いない。さて、パレードの列に現れたのは……

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うむ。僕の目が確かならあれはフランス語でも英語でもなく漢字である。というか中華人民共和国で弾圧中の法輪功である。そういえばモントリオール市内のチャイナタウンで法輪功らしい人たちが活動していたのを見た。

その次に出てきたのは、青地に白の三日月と星をデザインした見慣れぬ旗だが、調べてみると「東トルキスタン共和国」とある。こちらも中国で弾圧中のウイグル人たちだ。

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なんだか想像とだいぶ違う様子だ。続いて現れたのは、カナダとイスラエルの国旗を掲げた野球帽のおじさん。その次がイラク、そしてバングラデッシュ……という具合である。

30分くらい見続けて僕はひとつの結論を得た。どうやらモントリオールにおけるカナダ・デーは、「カナダにいる外国人たちが、カナダ国旗と自分とこの旗を並べて盛り上がる会」らしい。

パレードはもっと長時間行われていたので、たまたまそういう列に遭遇しただけかもしれないが、なんだか「英国植民地にとりこまれたフランス植民地におけるカナダ・デーの祝い方」としては随分しっくり来る気がする。首都オタワはもっとUSAばりに「Canada! Canada!」と叫んでいるに違いない。

どうもこの感じだと、モントリオールに行っただけで「カナダに行った」と称するのは少々不適切な気がする。「シン・ゴジラ」だけ見てゴジラファンを名乗ると特撮ファンに殴られる。というわけで、上野君といっしょに他の都市にも行ってみることにした。

上野君は長期滞在にも関わらずSIMカードを買わないほどの吝嗇家なので、ホテルや航空機の手配は全て僕がやり、費用もだいたい僕が持つ。これまでの宿提供のお返しもあるが、そうでないと人間らしい宿に泊まれない危険性があるのだ。

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まずモントリオールから首都オタワまでVIA鉄道で向かう。距離は直線で160kmだが、高速鉄道ではない普通のディーゼル路線なので2時間ほどかかる。

カナダには5万kmの鉄道が存在する。一見すさまじい長さだが、日本が2万6000kmであることを考えると密度は極めて薄い。そのうち電化路線はわずか126km。市内の地下鉄程度しか電化されていないようだ。

列車にも Wi-Fi が飛んでおり、車内コンテンツとして映画とかが配信されている。カナダ人にとって都市間移動は基本飛行機だから、鉄道も飛行機的になるのだろうと勝手な想像をする。

モントリオールではあらゆる表記がフランス語で、英語はあっても添え物程度だったのだが、首都オタワでは英語が公用語でありがたい。街の雰囲気もなんとなくロンドンっぽいので、昼飯はフィッシュアンドチップスを食べる。貧しいイギリス飯の象徴みたいに言われるが僕は結構好きである。

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国会が入っている建物(偽ビッグベンと勝手に命名)を見たり運河を見たり美術館でゴーギャンを見たり衛兵の交代式を見たりアイリッシュパブに行ったりして普通に観光を堪能する。僕のようなヒネクレた人間は、普通に観光して普通に楽しいと何も書くことがない。上野君と「禁酒で人間が温厚になるならイスラム過激派はどうなるんだ」てな話をした。

国立美術館は広すぎて全部見きれずに退場。カナダは世界で2番目に広い国なので論理的に考えて国立美術館も世界で2番目にデカいはずであり、3時間で足りないのは自明である。

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背後から天使っぽい何かが語りかけてるのが INSPIRATION とは納得のタイトル。そういえばこの旅行は小説を書くための旅行だったのだがいまのところ僕の背後に天使は降りてこない。

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バス停にこんなポスターが出ていた。これですね。このナショナリズムこそ僕が見たかったものです。オタワに来てよかった。

しかし「MORE CANADA」というとカナダ領域を拡張するみたいで不穏である。衛星軌道に人工カナダを浮かべて「Air Canada」を宣言するものの空気が貴重な環境で大麻(合法)を吸いすぎて崩壊し、仕方ないので五大湖をゴムボートで渡って反トランプ政権のアメリカ人と共謀してUSAを分割併合することで More Canada を実現するのである。ゴムボート好きですね湯葉さん。

デービッド・アトキンソン『新・観光立国論』によると、イギリス観光庁が作成している観光業マニュアルには「日本人客にははっきりノーとは言わず、もっと感じのいい言い方を考える」「ロシア人客は長身なので天井の高い部屋を用意する」といった中に「カナダ人客をアメリカ人と呼んではいけない」というのがあるそうだ。なんかすごくわかる。

オタワで1泊すると、翌日ふたたびVIA鉄道に乗ってトロントに向かう。五大湖のひとつであるオンタリオ湖の脇をとおるので、JR湖西線の車窓のようなレイクビューな路線を期待していたのだがそういうのはあんまりなかった。

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トロントはカナダ最大都市だけあって何もかもデカい。鉄道駅も古代ローマのパンテオンのごとき荘厳さをたたえている。これだけ完成度が高いと増殖もしないだろう。路面電車は関節が4つもあって急激なカーブで地下に乗り入れることができる。

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こちらではオンタリオ湖を見たりマーケットで昼飯を食べたりなぜか配ってるアイスを食べたりイオン的なモールに行ったりして普通に楽しく過ごしたのでやはり書くことがない。面白ネタと言えばホテルの聖書がキリスト教ではなくモルモン教だったことくらいか。

ここからさらに鉄道とバスで進み、ナイアガラの滝に至る。水しぶきが湯気のように飛び散っており、ふつうに川岸に立つだけでメガネが濡れてしまう。

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実を言うと、僕はナイアガラ観光にはあまり乗り気ではなかった。世界三大瀑布として有名な滝だが、有名すぎて画像検索したほうがキレイな画像が手に入ってしまうし、トロントからのアクセスもあまりよくない。安い乗合バスは電話予約が必要で、外国人には少々ハードルが高い。

上野君は行きたがるけど僕はめんどいなー、トロントでだらだらしてる方がいいなあー、などと考えながら手軽な経路を調べていると、実はナイアガラはカナダとアメリカの国境に位置しており、橋を徒歩で渡ってアメリカ側に行ける、という情報を見つける。

「徒歩で国境越えだと!!!」

興奮のあまりホテルを飛び出して Japanese Kakekomi Riding をキメて(やめましょう)ナイアガラに向かった。風景は Google で見られるが、国境越えは Google ではできないのだ。

世間の目に触れる機会は少ないが、世の中には「県境マニア」というものが存在する。県と県の境目を見るとむやみに興奮する人種のことである。書籍もいくつか出ているので Amazon で「県境」でググってみて欲しい。

僕は大学でサイクリング部に所属しており、日本列島の隅々をちょこまかと自転車で走ったのだが、山ばかりの日本では県と県の境界が山脈になっていることが非常に多い。つまり県境というのは「辛い登り坂が終わり、楽しいダウンヒルが始まる峠」なのである。そんな生活を続けていれば、やがて県境標識を見るだけでパブロフの犬のごとくヨダレを垂らす体質になることは自明の理である(個人差あり)。

ちなみに県境マニア最大の聖地は飯豊山であり、ここは東側が山形県、西側が新潟県なのに登山道だけ福島県というすさまじい山である。他にもイオンモール店内にある京都・奈良県境とか栃木・群馬・埼玉の平地三県境とか色々あるのだが、本稿はカナダの話であって県境の話ではないので一旦落ち着いて本題に戻る。

ご存知のとおり我々の祖国は島国であり、地上の国境はただのひとつも存在しない。つまり徒歩で渡れる国境というのは日本の「境マニア」にとって永遠の憧れである。宇宙をさまよう播種船シドニアの住民がやたら重力重力言うのと同様に我々は「自分の足で国境を越えてみたい〜」とうなり続けているのである。

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というわけで今回についに「徒歩で渡れる国境」に直面する。この橋を渡れば反対側がアメリカらしい。車を目視で数えられるくらい短い国境だ。もはや我々にゴムボートは必要ない。自分の足さえあればいい。

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Pedestrian Entrance to U.S.A. (アメリカへの歩行者用入口)すばらしい看板だ。ビートルズの曲名にしたいくらいだ。看板の脇には空港でおなじみの「免税店」が建っている。「買ったあとに出国する人のみが利用可能」という注意書きが書かれているが、どうやって確認しているのかは不明。特に買うものがないのでそのまま歩道に向かう。

出国用のゲートは無人化されていて、手数料の1ドルを硬貨で払うと、遊園地にありがちな回転式レバーを回すだけで出国完了である。軽い!国境がこんなにも軽くていいのか!国境線のために血で血を洗うのが人類史ではなかったのか!僕たちはもう争わなくていいのか! ウォーイズオーバーイフユーウォンティット〜♪

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♪フーンフフーンフーンフーンフーンフーン(国歌)

と、だいぶIQが下がったがとにかく合衆国側に渡る。入国手続は出国に比べて若干面倒だが、基本的にはパスポートを出して目的を聞かれるだけである。「観光です」と普通に答える。こんなこともあろうかと ESTA の申請は既に済ませている(1話参照)。こういうのを伏線回収と言う。言わないな。

アメリカ側に渡ったら合衆国の象徴としてコカ・コーラを買ってやろう、と思っていたのに、なぜか対岸の店にはペプシしか売っていないので仕方なくそれを買う。4.35ドル。たっけえ! これが自由資本主義か!

その後、アメリカ側からふたたびナイアガラの滝を見て、30分間の滞在を終えてカナダ側に戻る。再入国時に入国審査官ビショップ氏に、

「何かアメリカで買ったか? 酒、タバコ……」

といったことを聞かれる。僕は「これだけです」と手に持ったペプシ・コーラを見せる。上野君はもう少し色々と聞かれる。彼は日本の科研費でカナダに来ている都合上、ただの無職作家旅行者である僕に比べていろいろ身分がめんどっちいのである。

カナダに戻る途中の橋で、スーパーの買い物袋を自転車に載せたおばちゃんとすれ違った。もしかしてあの人は物価の安いカナダに通って買い物をしているのだろうか。安いスーパーを求めて20分歩くおばちゃんは日本にもいるが、国境を越えるというのは聞いたことがない。大陸おばちゃんは節約小ワザも大陸規模である。

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カナダ側のレストランでワインを飲みながら滝を堪能する。

ところで先述のとおりカナダでは大麻が合法である。モントリオールで見かけた禁煙マークでは、タバコと大麻が同列扱いになっている。となれば対岸に住むアメリカ人の中には、大麻吸いたさに国境を越えてくる人もいるのではないだろうか。逆に銃を撃ちたくてアメリカに行く人は……なんてことを考えるのであった。

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 【つづく】

文章で生計を立てる身ですのでサポートをいただけるとたいへん嬉しいです。メッセージが思いつかない方は好きな食べ物を書いてください。