「はやぶさ2」と「嫦娥5号」が帰ってくるのでサンプルリターンの良さを力説する

小惑星リュウグウの石を背負ったはやぶさ2が、いよいよ12月6日に地球に帰還する。満身創痍だった初代に比べてこれといったトラブルがなく、残った燃料でほかの小惑星も探査しようという余裕を見せている。技術の進歩に敬服するばかりである。

星の石を持って帰ってくることをサンプルリターンという。私はこのサンプルリターンが大好きで、今年刊行した短編集『人間たちの話』(ハヤカワ文庫JA)の表題作も地球外生命と火星サンプルリターンを主題としている。

さらに今月は中国の嫦娥5号が、44年ぶりに「月の石」を持ってくる。2020年12月はまさにサンプルリターン祭りである。NASA の OSIRIS-REx やパーサヴィアランスのミッションも進行中で、おおいに期待される。

ところで、宇宙開発になじみのない方からすると「やたら宇宙に探査機が行ってるけど、どう違うんだ?」と思われることだろう。そこで本稿は「有人と無人の違いはわかるが、それ以上は知らん」という人のために、それぞれの技術について解説したい。

耳慣れない用語をただ並べられても困るだろうから、科学的にはやや邪道だが、探査の「レベル」という概念を導入する。月でも火星でも小惑星でも、地球外天体の探査はおおむね以下の5段階のレベルがある。

レベル1:星のそばを走り去る(フライバイ)
レベル2:星のまわりを回る(周回)
レベル3:星の地面に降りる(軟着陸)
レベル4:星の石を拾って帰る(サンプルリターン)
レベル5:人間が行く(有人)

将来的には「レベル6:基地をつくって定住する」とか「レベル7:自給自足を確立する」とか「レベル8:独立国家となって地球と戦争する」とかが追加されるかもしれない。あと「レベル0:地球の人工衛星を打ち上げる」というのもあるが、今回は地球外探査の話なので省略。

では2020年現在、各天体の探査がどこまで進んでいるのかを見てみよう。当然ながら、地球から近い星ほど高レベルな探査が行われている。

レベル1:星のそばを走り去る(フライバイ) 天王星、海王星、冥王星はこれしか行われていない。秒速10キロを超えるスピードで目的の星の数十万キロ脇をスーッと通過していく。「はるばる来たんだからゆっくりすればいいのに」と言いたくなるが、なにしろ宇宙には空気抵抗がないので止まるのにも燃料が必要なのだ。そんなものを積んだら機体が重くなって目的地に到達できないから、遠方の探査は一期一会にならざるを得ない。

レベル2:星のまわりを回る(周回) 目的の星の近くで上手くブレーキをかければ、星の重力に捉えられて周辺をぐるぐる回ることができる。木星、土星はこの段階まで行っている。レベル1よりも近距離で滞在期間も長いので、そのぶん大量のデータが送れる。また水星は、日本とヨーロッパの共同開発したベピ・コロンボが2025年に周回に入る予定。

レベル3:星の地面に降りる(軟着陸) ゼロ距離での探査、いわば密着取材である。星には重力があるので探査機を「落とす」のはそう難しくないが、精密な観測機器を壊さずに「降りる」にはロケットやパラシュートを用いた繊細な技術がいる。火星、金星はこの段階まで行っているが、金星はあまりに過酷な環境のため到着して数十分で通信が途絶してしまっている。

レベル4:星の石を持って帰る(サンプルリターン) 通常の無人探査機は片道切符の特攻隊である。無人ゆえに許される蛮行だ。なにしろ「石を持って帰る」となると帰りの燃料のみならず、星からの脱出、地球への再突入といった技術が必要になるのだ。ただその苦労の報酬として、宇宙に送れない観測機器で持ってきた石を舐めるように隅から隅まで調べ尽くすことができる。惑星のサンプルリターン例はまだなく、月および地球近傍の小惑星・彗星で成功例がある。

ところで「火星の石にバクテリアの化石らしきものが含まれていた」という写真を見たことがあるかもしれないが、これは地球の南極で拾った火星起源隕石であり、いまのところ火星自体から拾ってきた石はない。現在 NASA のパーサヴィアランスが ESA と共同して火星の土の回収を目指している他、日本は火星衛星フォボスのサンプルリターンを計画している。

レベル5:人間が行く(有人) 行って帰るという点ではサンプルリターンと一緒だが、人間が乗るだけで必要設備の重量が桁違いになり、しかも失敗が許されなくなる。いまのところ地球以外で人間が降り立ったのは月だけであり、アポロ計画はその莫大な費用とリスクの対価として、現代に「人間が月に行く時代」という名をつけた。もし幽霊の祟りだという人がいても「おいおい、人間が月に行く時代にそんなもんあるワケないだろ?」と笑い飛ばすことができる。


さて、こうした観点から中国の月探査を見てみよう。嫦娥計画は2機ごとにレベルを上げていく形式で、1・2号でレベル2(周回)、3・4号でレベル3(軟着陸)、そして5・6号でレベル4(サンプルリターン)と、がんがん先へ行っている。となれば次はレベル5(有人)か、と誰もが期待するだろう。いまのところ中国の有人月探査は不詳だが、アルテミス計画が米大統領の交代でモタモタしているうちにあっさり成功するのではないか、と思ってしまう。

日本の月探査は、2007年の「かぐや」でレベル2(周回)を行い、月の縦穴を見つけるなどの成果を残しているが、レベル3(軟着陸)を計画している「SLIM」は延期が相次いでおり、いまのところ2022年の打ち上げ予定という。またインドイスラエルは2019年に相次いで月のレベル3(軟着陸)に失敗しており、この段階の難しさが伺える。

ところで、こうも各国で何度も同じような探査をすると「地球資源の無駄ではないか」と思われるかもしれない。たとえば「月の石なんてアポロ計画で何百キロも持ってきたのに、いまさら嫦娥5号で2キロぽっち持ち込んでどうすんの?」とか「もう大阪万博で見たよ」とか。

実は、アポロ時代に運ばれた石はすべて30億年以上前に形成されたものであり、そもそも当時は「月は30億年くらい前に冷えて固まった」と考えられていた。ところが最近になって調べてみると(クレーターの数から地面の年代測定ができる)、どうも1000万年前の火山活動の痕跡らしきものがある。宇宙の歴史からみればごく最近まで、月は(もしかしたら今も)熱かったのだ。

というわけで嫦娥5号が石を拾いにいったのは、12億年前に形成されたリュムケル山である。なぜかここはカリウムやリンといった月全体から見ると妙な元素が蓄積しているので、ここの石を分析すれば月の形成に関しての謎が解明すると期待されている。あと個人的に「カリウムとリンがあるなら月で農業ができるんじゃないか」と思っている(私は月で農業がしたい)。フレッシュな月の石の分析結果が楽しみである。大阪万博では見られないだろうけど。

ちなみに次の嫦娥6号は2023-24年、月南極でのサンプル回収を予定している。ここに採掘可能な氷資源があるかどうかで、将来の月面開発が全然違ってくる。SF作家としても早いところ知りたいものである。



宇宙探査機のレベルの話はこの『月はすごい』(佐伯和人/中公新書)の本の受け売りです。月面開発の未来についての示唆にあふれたとても素晴らしい本です。


文章で生計を立てる身ですのでサポートをいただけるとたいへん嬉しいです。メッセージが思いつかない方は好きな食べ物を書いてください。