モントリオールの1日は日本の24時間に相当する - SF作家の地球旅行記 カナダ編(4完)

前回のあらすじ:歩いて国境を越えた)

ナイアガラを見終わると、いい時間の鉄道やバスがなかったので長距離タクシーを呼んで空港に移動した。2人なら値段もあまり違わない。複数人の旅ならこういう選択肢もあるのだ。とくに海外はいろいろと多人数に有利なシーンが多い(ホテル代とか)。ただし同行者が英語できる人だと任せきりになってしまうので、会話力向上目的なら一人旅を勧めたい。

会話弱者にとってありがたいことに、タクシーはメール予約ができた。正確にはタクシー会社のWebサイトが壊れてて問い合わせフォームに「使えねえぞコラ」と苦情を送ったらそのままメールで予約手続きがはじまった。

時間と場所を指定すると「車は黄色のセダンです」という連絡が来たので、「ありがとうございます。こちらはアジア人2人組みです」と返した。なんだかエスニックジョークの会話みたいだ。ある日本人観光客が電話でタクシーを呼びました。「One yellow car will come.」「No, we are two yellow men.」

左手でハンドルをさばきながら、運転手は右手でクレカ端末を渡した。古びた液晶画面の右上に「3G」と表示されているが、電波が不安定なせいか何度か決済を失敗し、そのたびに運転手に渡して端末をリセットしてもらう。

インターネットなんてない小切手時代はいったいどうやって信用を担保していたのだろう、後でちゃんと調べねば、とこのとき思って今日に至るまで調べていない。もう旬が過ぎてしまったので次に海外タクシー乗るまで調べないだろう。動物のしつけはその場でやらないと覚えないと言うが、結局のところ我々も動物なのだ。学習はタイミングが命だ。

さて今回のカナダ旅行は、モントリオール、オタワ、トロントの東側3都市に滞在した。このほかの主要都市は太平洋側のバンクーバーやカルガリーがあるが、これらはすべて合衆国との国境付近に存在する。カナダには南向きの重力があるんでないか、と思うほど人口が南に寄っており、カノニカル分布に従って基底状態の密度が高い。気温が低いから尚更である。

じゃ北側には何があるのかと言えば先住民イヌイットが住んでいる。人口わずか5万人だが、カナダではイヌイットの存在が(他の先住民と比較しても)かなり強調されているように感じた。モントリオールの博物館やオタワの国立美術館でもイヌイットの文化が展示されていたが、ここで存在を知ったのがカナダ先住民文字である。といっても先住民が独自に作った文字ではなく、宣教師が先住民の言語を記述するために作ったものらしい。Air Inuit という航空会社が積極的に採用している。

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チェロキー文字と違ってラテン・アルファベットに似せていない幾何学図形である。「宇宙語みたいだ」と言われるが、シンプルなので頑張れば1日で覚えられそうだ。文字の形が子音を、向きが母音を表す。

しかし宣教師が作るのなら、わざわざ学習コストのかかる独自文字にしなくてもラテン・アルファベットを流用すればよかったのでは? という気がせんでもない。独自の言語を持つことが民族のアイデンティティに影響するのは間違いないが独自の文字はどうなんだろう。アイヌ語は現在カタカナで表記されているが、金田一京助か知里真志保あたりがアイヌ語用の独自文字を作ったりしたら、その後のアイヌ語もしくはアイヌ自体の歴史になんらかの影響があったのだろうか……

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モントリオールの観光地はノートルダム大聖堂だと書いたが、ノートルダム周辺が旧市街地になっているので、ここらへんを散歩するだけで結構楽しい。欧米の都市ではだいたい旧市街地を保存する条例があるのでその外観で寿司屋かよな店とかがある。日本ももっと古い町並みを保存をするべきだ、という声もあるが、奈良県橿原市の今井町とか、徳島県美馬市のうだつの町並みとかはその部類に属するだろうか。

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19世紀から Wi-Fi が飛んでそうなカフェで原稿を書いたりした。忘れてると思うけど僕は原稿を書きにカナダに来たのである。

ところで僕が知らない都市にいくときはだいたい書店に行く。フランス語書籍が中心だが、英語の本もいくらかある。個人経営らしき古本屋で適当に2冊ほど買ったら「Amazon で買ってない」という素敵なステッカーがもらえた。

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小さな途上国だとそもそも自国の出版物がほとんどなく、子供向けの教材のほかは輸入の英語本が並んでいたりする。そういう意味で母国語の出版物が専門書に至るまでズラッと並んでいる日本はなんやかんやかなり強いのだろうと思う。できれば守りたいところであり、そのためには出版社の経営が立ち直るレベルのベストセラーを僕が書ければいいのだが……などと不遜なことを考えたりする(小さな版元だとベストセラー1冊で上向いたりしますよね)。

モントリオール市内の交通手段はバスと地下鉄だが、ゴムタイヤ地下鉄というかなり珍しいタイプだった。見た感じがバスだけどちゃんと電気で動いている。日本だと札幌市で採用されている。登坂性能や騒音対策にいいらしいがどういう経緯で決まるのかは謎だ。一番驚いたのは乗車のICチケットが紙製だったことか。

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そんなカナダ滞在もいよいよ終わりの日が来た。朝早くの飛行機に乗るために紙製のICカードを使ってバスに乗るが、朝の交通渋滞にまきこまれてのそのそとダウンタウンを抜けると、そこからは公共交通機関にあるまじき加速をして空港に向かう。

そうこうして何とか50分前に空港にたどり着いたが、なぜか空港のチェックイン機械にパスポートを当てても「お探しの予約は存在しません」とそっけなく出る。何度試しても同じである。おかしい。パスポートは現代社会のパスポートのはずなんだが。

航空会社のブースに行って尋ねると、なんか今回乗る航空会社は国際線は1時間前締切だったらしく、既にチェックインが終了していたらしい。「えっ、じゃあどうすればいいんですか?」と尋ねると係員は不機嫌そうな顔で明日の便のチケットを渡し、こちらを睨むように「明日は朝5時に来い」と言った。(飛行機は9時発)

幸いこちらは無職独身研究職任期切れ作家という無敵身分なので、帰国が1日遅れても調整すべきスケジュールは存在しないのだが、あらためてこの話をテキストに起こすと自分の下調べ不足とか危機管理能力のなさにイライラしてきた。本編の冒頭で「作家業をやっていれば話のネタは文字通り換金できるから、トラブルに対して鷹揚になれる」などと嘯いていたが、実際にやってみると換金されるのは僕の自尊心らしいので、やはりトラブルは極力避けたほうがいい。

今回行こうとして行かなかった場所に、ニューファンドランド島のランス・オ・メドーがある。11世紀のヴァイキングが大西洋を渡って入植してきた跡地で、彼らが「ヴィンランド」と呼んでいた場所だ。現在アニメ放送中なのでご存知の方も多かろう、あのヴィンランドである。

コロンブスよりも500年早く新大陸に到達したヨーロッパ人がいた……という話を高校のとき聞いて以来「一度見てみたい」と思っていたのだが、いざモントリオールに着くと時差ボケと疲労感で「冷静に考えて見るものの規模と移動のコストが合わない」と断念した。立地的に考えて、今回を逃すとたぶん一生見る機会はないと思う。僕の中で「ヴィンランドを見る」というあり得た人生の枝がひとつ消えたことになる。こうやって僕らは人生をすり減らしながら生きていくのだ。

カナダ自体はまた行く機会もあるだろうから、今度はバンクーバーにでも行きたい。太平洋側ということもあって北米でもっともアジア系の多い都市で、特に香港返還の際に香港人が大量に移住したそうだ。一部のカナダ人は「あそこはカナダじゃない」と言ってるそうである。「いやお前らも元は移民だろうが」と思う。

そういえばトロントの街を歩いているとき、自転車に乗った白人のおばちゃんが我々に「Go back your home!」と叫んできたことがある。「オッこれが名高きアジア人排斥論者か」と興奮して「えっじゃアンタらはいつヨーロッパに帰るの?」と言いそうになったが相手が自転車なので無理だった。しかしあれは「気をつけて帰りやあよ」という老婆心だったのかもしれない(性善説に基づく解釈)。

あと欲を言えば北極圏まで行ってイヌイットの居住地とかオーロラとか見てみたい、うまいこと『極夜行』みたいな冒険譚を書いて商業的に一発当てたい。オタワのバス停が言うように The world needs more canada なのだ……そんなことを帰りの飛行機の中で考えながら Go back my home するのであった。




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