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飛ぶのは恥だが役に立つ - SF作家の地球旅行記 上海編(1)

Flight shaming (飛び恥) という言葉が最近できた。「飛行機に乗るのは環境に悪い恥ずべき行為だ、対面の必要のない仕事はインターネットで済ませて、移動が必要なときも鉄道などの環境に優しい手段を使おう」という話である。もっともな意見だ。鉄道大好きな僕としても是非促進していきたい。

とはいえ、飛行機利用者の大半は別に飛行機好きだから乗るわけではなく、速いから乗るのである。時間は有限であり速さは正義だ。鉄道移動を促進したいのであれば、啓蒙よりも鉄道の高速化を図るのが自由国家の住民としてあるべき態度だろう。

ところで地球上でもっとも速い旅客鉄道は上海トランスラピッドである。上海浦東国際空港と市街地をつなぐ空港アクセス線で、その時速は430km/hと新幹線の倍近い。というわけで今回は、上海までトランスラピッドに乗りに行った。

上海まではJALの飛行機で行く。よく海外に行く研究者友人の間では「機内食がうまい」「公費で乗るならJALがいい」と評判のJALだ。実際出たものは賛否両論であったが、僕にとっては賛である。

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離陸直後は雲が続いたが瀬戸内海上空は晴れていて、瀬戸内海の島々がじつに綺麗に見えた。「淡路島って本当に地図どおりの形してるんだな」と妙に感動した。別に伊能忠敬を疑っていたわけではないが、考えてみれば僕たちは世界が本当に地図どおりの形をしていると自分の目で確認する機会はほとんど無いのだ。これだけでもCO2を出しまくって飛行機に乗った元はとれたと言えよう。

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飛行機を降りて入国審査を済ませると、なんと空港から出るための荷物検査があった。ご存知の方も多いだろうが、実は中国は地下鉄に乗る時も荷物検査がある。田舎の公立中学じみた荷物検査大国である。お菓子とかゲーム機を持ってたら取り上げられて後で日本大使館を通じて謝らないと帰してもらえない。

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とりあえず飲み物をもとめてコンビニに向かうと、ドリンクのパッケージにやたらイケメンがプリントされている。二次元もいる。なんだか「男女の文化的地位が逆転した世界」とかいう Kindle インディーズ漫画みたいな世界である。しかし今回の興味は中華系イケメンではなく高速鉄道である。

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空港内の動く歩道をとことこ歩いて目的の駅に辿り着く。「磁浮」というのは文字通り磁気浮上方式であり、なんと上海トランスラピッドはリニアモーターカーなのである。リニアといえば日本では「作る作ると言いながらいつまでも出来ない」という柞刈湯葉の小説みたいなイメージがあるが、中国では2004年に実用化されているのである。なんてこった!

とはいえトランスラピッドは技術的には日本のリニア中央新幹線とは全く別物である。常電導と超電導という根本的な違いがあるし、上海の430キロに対し日本は500キロ(予定)だし、だいたい空港アクセス線と都市間高速鉄道では意義が全然違うので、インターネット国士様の皆さんは安心してほしい。

さて、さっそく乗車を……と思ったら問題が発生。実はこの上海トランスラピッド、最高速度430キロを出せる時間帯が1日に2時間ほどしか存在せず、ほとんどの時間は300キロで運行しているのである。騒音の都合か何なのかよく分からないが、これでは東北新幹線の盛岡〜宇都宮間(320キロ)よりも遅い。いまいちありがたみが無いが、時間の都合もあるのでとりあえず300キロの便に乗る。

運賃は50元(770円)で、当日の航空機チケットを見せれば40元で乗れる。運行本数が少ない(1時間に3〜4本)ので、速いけど地下鉄より早く着けるとは限らない。なんだか煮え切らないリニアである。

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車内は3列の対面シートが両側に並んでおり、窓も広い。日本の新幹線に比べても広々として快適だ。座ってしばらくすると、特にアナウンスもなく列車がスーッと動き出す。常に浮上しているため加速はきわめて滑らかで、振動もほとんどない。ガソリン車からEVに乗り換えたときのような感触だ。(ちなみに日本のリニアは低速時はタイヤで走行するため、新幹線と似たような走り出しになる模様)

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車内の案内板にはこれみよがしに速度が表示されている。あっという間に300キロに達し、そこから定速運行。脇を走っている高速道路の車をびゅんびゅん追い抜いていくのは気持ちが良い。

といっても所詮は空港アクセス線なので数分も走れば減速し、終着駅である龍陽路(龙阳路)駅に至る。この空港アクセス線は駅が2つしかなく、しかも降りた駅から市街地が微妙に遠いという難点がある。

日本にたとえれば成田空港から西船橋まで行く新幹線みたいなもので、しかも売り文句の世界最高速度を滅多に出さないのだから、なんだか全体的に煮え切らない感が否めない。ある旅行ガイドによると、このトランスラピッドの長所は「確実に座れる」とのことである(地下鉄はいつも混雑している)。

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現在、中国では始皇帝もビックリの勢いで高速鉄道が敷設されているが、このトランスラピッド方式は都市間移動には何か不都合があるのか、上海以外では採用されていない。もともとドイツ企業が開発した技術だが欧州にも採用例はない。これが未来の鉄道なのかと言われると、どっちかというと燃料電池車的なMIRAIしか見えない。

なお、北米には高速鉄道というものがひとつも存在しない。以前カナダで乗ったVIA鉄道も時速100キロ程のディーゼル線である。国土面積は中国と似たようなものだが、都市の密度が違いすぎて採算が合わないのだろう。みんなジェットエンジンを吹かしてびゅんびゅん空を飛んでいる「飛び恥」の本場である。

一方で、カリフォルニア州内の高速鉄道は計画されているらしい。「州内」に高速鉄道が必要なところが実にアメリカである。電気自動車やロケットで人類移動能力向上計画をすすめている悪の首領イーロン・マスク氏も「ハイパーループ」と呼ばれる交通システムを提案している。昭和の未来予想図でおなじみの「減圧されたチューブを超高速で走るカプセル」である。本当に実現するならぜひ乗ってみたいが、日本のリニアよりもだいぶ後になりそうだ。


トランスラピッドを降りて上海の街をぶらぶらする。車線の多い道路を自動車とバイクが走っているのだが、奇妙ななことにバイクがほとんど無音で「スーッ」と走っていく。日本でバイクと言えばぶおんぶおんとエンジン音を立てるものだと決まっているのだが。

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路駐されているバイクを見てみると、マフラーが付いておらず、代わりになんかドラムみたいなホイールが後輪についている。なるほど、どうやらこれはガソリンエンジンではなく電動二輪らしい。日本でもヤマハの E-vino などが発売されているが、実際に走っているのを見たことがない。

歩道を歩きながらバイクを一台一台見てみると、塗装がはげてサドルの皮がむけてスポンジが露出しているようなボロ車に至るまで全て電動だった。調べてみると「中国の主要都市ではガソリンバイクが禁止されてる」と書かれた個人ブログがちょいちょい見当たる。公式情報が見当たらないが、とにかく現実の上海を走っているバイクはほぼ全て電動だった。

おかげで市内は騒音も排ガス臭もなく快適……なのかと言えばそうでもなく、走行音が静かで歩行者が気づかないので、狭い道ではやたらクラクションが鳴らされる。ハイブリッド車によくある合成走行音は中国の電動二輪には搭載されていないらしい。

また歩きタバコが特に規制されていないようで、誰も彼もがそのへんで喫煙している。なんだか「都市の猥雑さ」というのは足りない分を自動で補完する仕組みでもあるんじゃないか、という気がしてくる。

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ちなみに電動バイクの航続距離はせいぜい数十キロで、ガソリンよりも1桁少ない。これでやっていけるのは都市のそこら中に充電スポットがあるからである。「充電時の火災に注意!」という啓蒙アニメがホテルのロビーで流れていた。

電動バイクの他にもうひとつ中国の交通を特徴づけるのはレンタル自転車で、これはモバイル決済やGPSと連動してそのへんに乗り捨てても大丈夫というスグレモノらしいが、アリペイや WeChat pay がないと乗れないので詳細はよく分からない。

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なかなか便利そうなものが色々揃っているし、住んでる人間からすれば「これが無い国はどうやって生活してるんだ?」という感じだろうけれど、我々としても自由なインターネットがない国でどうやって生活するのか不可解なのでお互い様である。「住めば都」という人間社会の本質情報を捉えたことわざを生み出したのは、中国人だったか日本人だったか。

つづく



このあと上海に数日滞在するのだが、帰り道はリベンジとして430キロの時間帯を狙ってトランスラピッドに乗った。有料部分ではその話を書く。


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