【空想と記憶の間】忘れ物
疲れて果てて
もう邪魔にしかなっていない身体を引きずって
エレベータのボタンを押した
時刻は23:42
ブラインドの隙間から、静かに闇が滲み込む
カウントダウンしながら降りてくる
光る数字を見ていると
ふと忘れ物に気がついた
あ、手ぶくろ
デスクの上においてきた……
もうすぐ出会えるエレベータに別れを告げ
移動するのに邪魔な身体を引きずって
さっき通った通路を引き返す
なんとなく自分が通った後に
ナメクジみたいな跡がついていないか
振り返って確かめてみた
IDカードをかざして
冷たいドアを開く
カチャ
あれっ……
僕が開いたドアの向こうは
夕暮れの光が差し込む
小学校の教室
白く汚れた黒板には日直の名前を消した跡
持ち主の性格を現している小さな机と椅子
後ろの壁を埋める図工と習字の作品
真ん中より少し後の僕の席
机の上には、僕の手ぶくろ
僕は自分の席まで行って
手ぶくろを握った
それから、そっと机に触れた
優しい冷たさ
真ん中に小さな黒い穴があいている
そこには消しゴムのカスが詰め込まれている
3月のはじめに
このクラスで最後の席替えがあった
一番短い3月
僕は、はじめてあの子の隣に座った
カッコつけて、いつもの数百倍
綺麗に字を書いたのに
真ん中にあいた、この小さな穴のせいで
鉛筆の先は折れて、どこかに飛んでいった
書いていたプリントには
ちょうど『お』の点のところに穴があいた
隣で君は笑ってた
僕も一緒に笑った
手ぶくろをポケットに押し込んで
僕は教室を後にした
時刻は23:56
もっとカッコイイ思い出ならよかったのに
明日、一番に来て机を拭いてみようかな
薄暗い通路を歩きながら、ふとそう思った
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