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【遠藤 優】2019.11.10 ツール・ド・おきなわ 市民50km オープン 優勝

photo:©Satoru Kato


【オープン50kmエントリーにあたり】

4年ぶりに帰ってきたツール・ド・おきなわ。今年から50kmのチャンピオンを決定すべく創設された50kmオープンにエントリー。

2009年に50kmクラスを初めて優勝した際はクラスはひとつであったと記憶している。その後は年代別となったため、50kmの優勝者が何人もいて誰が50kmで一番なのかわからなかったが、オープンクラスの創設でその問題は解消。50kmクラスのトップになるという強い意志でレースに臨んだ。

過去4回(加えて100km1回で計5回)、ツール・ド・おきなわで勝っているのに50kmクラスにエントリーする理由は二つある。一つは以前書いた体調のこと、二つ目は50kmクラスはエントリークラスではなく、他のクラスとは違う特殊なクラスと思っているためである。もし210kmの優勝者が140km、100kmを走ったら圧倒的な力の差を示して優勝するだろう。しかし50kmは必ずしもそうはいかない特殊性に面白さを感じている。


【スタートラインまで】

秋シーズン2連勝で予定通り勝ち癖はつけられたものの、10月末に2回落車をして身体の一部のようになっていたVengeが廃車、身体もボロボロに。この時は心も折れかけたが、みやざきフレンドさんが突貫工事で新しいバイク(SPECIALIZED ALLEZ SPRINT Disc)を完璧な状態で仕上げてくれた。

身体の方は居士会の安陪先生、直前にLa CureのMiyukiさんにメンテナンスをしてもらい、アップの段階で「勝負できる身体」と自信を持ってスタートラインに立つことができた。

作戦については深く考えておらず、勝つためのベストをその場で考えて行こうと思ったが、最低限の頭の整理としてチーム内には以下のとおり宣言。

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【レーススタート】

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photo:©Makoto Ayano

スタートは直前までトイレに行っており、2016-2018はレースに出ていなくノーシードだったため、スタートは最後尾から。チャンピオンレースのスタートから15分後の7時、時間どおりスタートが切られた。例年リアルスタートから本部町まではスローペースになることが多いが、今年は積極的な選手が多い。もっとペースを上げて集団を小さくなって欲しいと思いつつ、常に10番手より前で展開する。50kmで絞り込みができる箇所は、美ら海水族館の坂と今帰仁スプリントポイントの坂(天底)しかないので誰がそこで動くのか、その時どういう反応をすべきかをシミュレーションしながら、まずは美ら海水族館の坂へ。

上り開始直後に注意していたバルバレーシングの選手がキレのいいアタック。90秒くらいの坂なのであのペースでは持たないと静観していると、もう一人のバルバレーシングの選手が抜け出して合流、集団から2人が離れていく。落ち着いて集団を見渡すと肩で息をしている選手が多くペースが上がらない。ペースが遅いと感じたということはは坂は自分に分があると認識しつつ、ピークの歩道橋付近でもバルバの2選手が15秒くらい前を走っていたのでジャンプして合流、後ろに沖縄の男塾の選手を引き連れて4人逃げを狙って最短コースで下りを踏み続けるが、Vengeの時のようにスピードが乗らず、まだ足を使い切りたくないので集団に戻る。それでも集団の数を減らせたし、ダメージを与えられたので、次の天底の坂で決定的な動きを作るべく、リスク(負け)の少ない小集団スプリントに向けて1枚1枚適切かつ必要な札を切っていく。

天底の坂までは視界でとらえることができる範囲で逃げができるものの、坂までに次の逃げを吸収と集団の意思統一ができていて、今帰仁スプリントポイント手前で逃げを吸収。スプリント先の坂で徹底的に絞り込みをかけると踏み込もうとした矢先、天底の坂麓でコミッセールカーが道の中央で停車していてバイクモトからも停止指示。後ろから巻き込まれないように惰性で止まると、チャンピオンレースに追いてしまい、間隔を開けるためにしばらく停車する旨のアナウンスがなされた。絞り込みをかける予定の坂で、人数を絞るどころか遅れた選手が後ろから追い付いてきて膨れていく集団。想定外のアクシデントであったが、大集団スプリントで決めてやると気持ちの切り替えは速やかにできた。

100人程に増えた集団は3分半(再開後のニュートラル走行を入れると5分超)ほどして100人近い大集団で再スタート。そのまま過去の50kmレースでは経験したことがない集団の人数で国道58号に突入。ここからは集団の伸び縮みや上がるラインが変わることにより身体がぶつかったりハスったりと、格闘技のような状況になる。そのような状況でも落車のリスクを少しでも減らせるように、集団の前方をキープして残り距離を見定めながら前に入れる選手と弾く選手を選択していく。外から上がってきて先頭までいかない選手は基本的に排除。そのような選手はスプリントの時に前で展開できる足があるはずがない。ラスト3kmからの散発的なアタックは人数を揃えているバルバレーシングが対応、速度の上げ下げが激しくなり結果として後ろで数回落車が発生するが、先頭集団はゴールめがけて更に速度を上げていく。

ラスト1kmになると地元沖縄(男塾)の選手が外から渾身のアーリーアタック。集団がお見合い状態になりラスト500m、2-3秒空いてしまい、もう待てないと外からまくっていこうとすると同じタイミングでVC福岡の八幡選手が前を追ったのでスリップストリームに入る。残り300m、もっとためて200m位から発射したいところだが、脇の下から後ろを見ると後ろが少し空いているので、前に追いついた瞬間にスプリント開始。自分の距離ではないが、全開ではなく、ゴールまで保つようにロングスプリント。ラスト100mからが長くてゴールラインが遠い。他の選手の気配は全く感じられないが、直前で差されるのではないかという恐怖感。苦しさからゴールラインを先頭で駆け抜けてからワンテンポ遅れて恐怖感は喜びに変わった。過去、ゴール後に2位の選手に突っ込まれて落車させられたことがあったので、手を上げるのもゴール後ワンテンポおいてから。

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photo:©Satoru Kato


レースを総括すると、前回優勝からは4年空いてしまったが、おきなわのレースはとても楽しかったに尽きる。10月後半は苦しい時もあったが、今回優勝できたのはチームメイト、ショップ、身体のメンテナンス等のバックアップ、叱咤激励があったからに間違いない。

ツール・ド・おきなわの神様が微笑んでくれるよう、来年に向け更なるレベルアップをしていきたいと思う。

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photo:©Makoto Ayano

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