不動産屋の常識 世間の非常識

不動産屋なんて商売をやっていると、どうやら世間とは感覚がずれているぞと感じることが、ままある。

長くお付き合いしていただいている賃貸オーナー様の1人に、不動産屋からはとにかく嫌われる方がいる。何がその要因かというと簡単に言えば「面倒くさい」オーナーだから。この人をAさんとしよう。
Aさんの何が面倒なのか。Aさんは建築関係のお仕事をされていたために、建物に対する知識がそこらの不動産屋よりはるかに豊かである。そして、物件に対する愛がものすごく強い。さらには、その愛と知識を披露することが大好きで、相手の悪感情に対しては鈍い。

私はたまたまAさんがその知識と愛をふんだんに行使して自分の建物を建てるその時から、お付き合いしている。建てている時は、建築現場の方々に疎まれていた。愛が強すぎて現場に口出しするのだから、現場からは疎まれて当然なのだが、普通に考えたら自分の建物をお金を払って建てさせているオーナーが口出しして何が悪いんだ、と思うし、Aさん自身もそう思っているから、現場との溝は深まるばかり。
私は不動産屋だから建築屋さんとAさんとの間に首を突っ込みたくはないのだけれど、見るに見かねて仲裁に入ったことが何度かあった。
そして出来上がった建物の募集と管理を請け負って数年、私が当時勤めていた会社を辞めて転職すると挨拶に行ったら、ありがたいことにAさんもついていきたいと仰る。ありがたいけど角が立つので、地元の別の不動産屋さんをご紹介したが、その不動産屋さんにもAさん的には当たり前だけど不動産屋的にはあり得ないことを言うもんだから投げ出されて、1年もしないでまた私とお付き合いすることになった。

かく言う私もずっとAさんを「面倒なオーナー」と認識してきたし、対応を間違えないように気を遣ってきた。ただ、彼の面倒くささは物件への愛ゆえだということだけは理解していたから対処ができてきただけのことだった。

不動産屋はオーナーがあちこちに声をかけるのを嫌う。単純に取り分が減るからというのもあるけれど、交通整理の必要な余計な仕事が増えることをより嫌う。でもそれは、不動産屋の理屈であって、オーナーの利益(金銭に限らず気持ちの満足とかも含む)と相反することが多い。私たちには過剰な要求と思えることも、Aさんなりの理屈を理解した上で、それは受け入れられない、とフラットに反論すると丸く収まることも増えてきた。

そんなAさんなので、私としては賃借人にも疎まれているんじゃなかろうかと少々ハラハラしながらビジネスライクにお付き合いしてきたのだが、賃借人さんたちはAさんのお節介(に私からは見える)を特に疎んじている様子はなく、なんなら仲良くしている様子。
空室募集の時は内覧に必ず立ち会うAさんなので、必然的に私も立ち会うことが多く、客付業者さん、私、Aさん、そしてお客さん、と物件はなかなかの人口密度となるのだが、先日、内覧時に観察していて気がついた。
お客さんとAさんは楽しそうに会話していて、一番つまらなさそうなのが客付業者さん。とは言え会話の8割はAさんなので、私は若干ハラハラしながら見ているのだけど、お客さんはAさんの物件に対する愛を、肯定的に受け止める人がほとんどなのだ。対して業者さんは、自分の客(これまたおかしな話なのだが)とオーナーが過度に仲良くなるのは望ましくないと思うらしく、イライラされる人も多いし、内覧なんて普通はものの5分とかなのに1時間近くかかって物件の細かいことを説明されるから、露骨に時計を眺めてため息をつき始める人もいる。ま、業者にとってはその物件の床が無垢だろうが合板だろうがどうでも良いんだから仕方ない。

Aさんは他人の悪感情には鈍いのと、今日初めて会う業者なんか眼中に入らないからイライラされていようと全く気にする素振りもない。こうなることが読めている私は事前に「内覧長くなりますよ、オーナーは良い人だけどちょっと面倒ですよ」と業者に伝えてあるから、時々目配せして、(ね、言ったとおりでしょ、もう少し落ち着いてくださいな)と曖昧な笑みでやり過ごす。

退去立会いの時は、Aさんと私と賃借人さんの3人なのだが、賃借人さんはみんな、「すごく気に入っていた、引越したくないんだけど」と言う。確かに、結婚とか転勤とか、転居理由は前向き?で、物件に飽きたとか環境を変えたいとかではない人ばかり。入居期間中もトラブルめいたことは全く起きない。

不動産屋には面倒なオーナーのAさんだけど、借りてる人(当事者)的にはありがたいオーナーなんだろうな。と、いうことに今更気付く。

不動産屋が「良い人」と言うのは、借り手にしろ貸し手にしろ、売り手にしろ買い手にしろ、「不動産屋の理屈に異を唱えない物わかりの良い人」であって、「当事者の理屈を全面に押し出してくる人」は嫌われることが多い。

最近はネットのおかげで生半可な知識で対抗してくる人も増えたから、私もたまにそう言いたくなることがあるけれど、やはりそれは不動産屋の傲慢ってものだ。知識やその人なりのこだわりを、理解する努力をしないと、業界そのものが世間から浮き上がっている状況は改善しないのだろうな、と思いつつ、お客さんの気持ちに寄り添える不動産屋ってどんな感じかな?と思ったりする。


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