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家族の歴史を1日で作る人

「國正さんちょっといいですか?」

現場でぼんやりと立っていた私にIさんは少し遠慮がちに声をかけてきた。家具の仕上げで入ってくれている塗装屋さんだ。

「今ちょこちょこっと10分で作っちゃったんで、荒削りなんですけど」現場に落ちていた角材がペンキで汚れている(ようにしか見えなかった)。



白いペンキで塗ってあったアイアン(鉄)が錆びた様子をものの10分で表現してくれていた。まさかそんなにすぐにサンプルができると思っていなかったので、最初はそれがなんだかわからなかったのだけど、クローズアップすると上の写真の通り。サビが流れ出した様子が表現されている。

「例えば、最初は茶色のペンキで仕上げてあったんだけど、途中で手入れして白いペンキを塗って、またそれが錆びて・・」みたいな場合だとこの中に茶色を入れたりするんです。途中ブルーだったらブルーの名残とか。こうやって汚しながら、自分なりにそのアイアンの辿ってきたストーリーを想像して描くのですよね」Iさんは嬉しそうに話す。

実はこの方CMや映画などの背景で「エイジング」という作業を得意としている方。10分前に「今、白っぽいアイアンを取り付けてるお宅があるのですけど周りはモルタル造形でアンティークな感じの所にまっさらなアイアンは美しいけど、少し不釣り合いな気もして」と私がつぶやいていたのを拾っての神対応。

アイアンというのは錆止め仕上げをしてあるのでちゃんと手入れをして入ればここまで錆びることはさすがにない。でも長年の間には多少の錆びは出てくる。新築の時に少しアンティークになって入ば、本物のアンティークを買ってきてつけたようにも見えるかもしれない。

コマーシャルの背景や商業施設などでよく使われるこの技術。私が普段携わっている住宅系の仕事でもっと活かせないだろうか。

このサンプルをみながら我が家のことを考えていた。

我が家は築55年のマンションで上の写真はリビングとダイニングを仕切る違い棚で、引っ越してくる時に父のアイディアでフルリフォームした。(一部引き手が外れていたりしてお恥ずかしいけれど)

 食事をしていても私が遊んでいるのが見えるようにと違い棚の下を格子にしてくれたらしい。(今のリビングは当時は私のプレイルームだった)「垣間見る」という発想が美しく、父の愛情も感じられるエピソード込みで我が家でもっとも好きな場所だ。ケヤキの木が使われていて55年たっていい味わいの表情になってきた。

我が家は他の場所もほとんどがケヤキを使った作り付けの家具でできていて、55年間の歴史が刻まれなかなかいい表情になっていて、最近のインテリア雑誌に載るようなおしゃれさはないけれど、いい雰囲気を醸し出していると手前味噌で思っている。

この家に住んでいて、ただ一つ困ったことがある、それは最近の新建材を使った家具を買うと浮いてしまうということ。

そこで!閃いた!! 上に紹介したエイジングの技術で一気に54年分の歴史を刻むことができるかもしれない!

頼む時に「古い家具に調和するようにエイジングして」だけでももちろんそれなりに仕上げてはもらえるかもしれない。

でもそこに少しでも住む人の生い立ちや歴史を伝えることで、多分エイジングする時の思い入れがまるで変わってくるように思った。

もちろんクライアントの人生の歴史を全て知ることは不可能なので、あくまで想像上の歴史なのだけど。

そこにIさんの想像力が加わることで空間に隠し味の香辛料が加わるのではないか。

そんなことをつらつら考えてみた。

エイジングは今のところ商業系で使われることが多い技術。

でもこういう取り入れ方もいいんじゃない?

そう、だから久々のnote投稿の記事の題名は

「家族の歴史を一日で作る人」

にしてみた。一般の家庭でエイジングを取り入れる時そこには「家族のストーリー」を刻むのだ。

なんかとってもワクワクしてきた。

やはり優れた技術というのは、豊かな発想を引き出してくれる。

デザイナーの仕事は良い職人さんあってのことです。作ってくれる人がいなければどんなデザインも絵に描いた餅。

素晴らしい技術との出会いに感謝。


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