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「趣味は読書です」は違うのかもしれない

こんにちは、そめやっていいます。趣味は本を読むことです。

僕はこんなふうに自己紹介をすることが多い。「物心がついた頃」というのが何歳くらいの時期を差しているのかは分かっていないけれど、物心がついた頃からこの自己紹介をしている気がする。

小学生の頃、通知表に「休み時間には積極的に本を読んでいましたね」というコメントをもらった。中学生の頃は、教科書に隠れて授業中に小説を読んでいたことを、国語の先生に叱られた。高校生の頃は、当時気になっていた読書好きの女の子とおすすめの本を貸し合う時間が何よりの楽しみだった。大学に入ってからも月に数冊は必ず読んでいて、おすすめの作品を聞かれたらかなりの熱を持って語れる作品がいくつもある。

趣味や好きなことを聞かれたときは、特に何も考えず「読書」と答えている。しかし最近、これは正しいのだろうかとふと思うことがあった。確かに本を全く読まない人と比べたら読むほうだと思うし、小説を読むことはかなり好きだ。しかし、ビジネス書はあまり読まないし、雑誌の類もほとんど読むことはない。この間、興味のある特集が組まれていたので『BRUTUS』を購入したのだが、それが初めて自分のお金で雑誌を買った経験だった。

高校生の頃から映画館にもよく行っていた。月5000円のお小遣い生活の中で、1本1000円の映画は結構な贅沢だ。バス代がもったいないからといって映画館まで自転車を漕いだ。恥ずかしかったから友達はフォローしていなかったけれど、Twitterで感想を呟くためのアカウントを作ったりもしていた。(その割に芸能人にはめちゃくちゃ疎い。笑)

最近はドラマもよく観るようになった。Netflixオリジナルの作品を夜通し楽しみ、次の日のバイトの時間が地獄と化すことも珍しくない。マイリストには観たい作品が次々に溜まっていき、その数は一向に減る様子はない。僕はいったい何歳まで生き延びれば興味のある全ての作品を鑑賞することができるんだろう、とたまに思う。何歳まで生き延びたところで終わりは来ないんだと思う。幸せなことだ。

そう考えると、僕は「読む」という行為が好きだというよりは、「物語」が好きなのだと思う。小説も映画もドラマも「物語」が異なる形で表現されたものであり、楽しみ方はそれぞれ違えど惹かれる理由は似通っている。辞書によると物語とは「特定の事柄の一部始終」のことらしいが、単なる特定の事柄の一部始終でしかないのに、なぜ僕は物語が好きなのだろう。なぜこんなにも物語に惹かれるのだろうか。

その理由は至ってシンプルで、人が好きだからだろうな、と思う。人が好きで、人の感情や記憶に触れることが好きだ。物語と感情とは切っても切り離せないものであり、物語に触れるということは感情に触れるということだ。感情表現が豊かな作品もあれば、想像力が試されるような余白の多い作品もあるが、いずれにせよ物語には人がいて、人がいるということはそこに感情がある。物語を読むとき、そこには感情のやりとりがあるのだ。

文学部らしく有名な作家のセリフを引用すると、

But in the end, stories are about one person saying to another: This is the way it feels to me. Can you understand what I’m saying? Does it also feel this way to you?(Nobel Lecture by Kazuo Ishiguro)

とカズオイシグロは言っている。物語とは、「私はこう感じるが、あなたも同じように感じるか?」という問いを読者に投げかけるものだと言う。そうすることで感情や思いを分かち合うのだ。

さらに、物語は大切なことを教えてくれる。何の価値もない日常にこそ価値があり、何の意味もない日常にこそ意味があるということだ。デートをした帰りの空がめちゃくちゃ綺麗だったこと。実家の味噌汁が超美味しかったこと。友達とバカみたいに騒いだカラオケが楽しかったこと。大一番の試合で負けたこと。何でもない日常こそが、愛おしくて美しいのだということを、物語に触れると思い出す。

この世に生きたすべての人の、言語化も記録もされない、本人すらも忘れてしまっているような些細な記憶。そういうものが、その人の退場とともに失われてしまうということが、私には苦しくて仕方がない。どこかの誰かがさっき食べたフライドポテトが美味しかったことも、道端で見た花をきれいだと思ったことも、ぜんぶ宇宙のどこかに保存されていて欲しい。(岸本佐知子『死ぬまでに行きたい海』)

ひとりの人間の些細な記憶や感情。そういったものを「保存」しているのが小説であり、物語なのだ。そんな物語が僕は心の底から好きだし、物語を楽しむことができる世界に生まれたことを幸せに思う。

「こんにちは、そめやっていいます。物語が好きです。」

一瞬こんな自己紹介が頭に浮かんだ。さすがにこれはちょっとクサいので、今まで通り「趣味は本を読むことです」でいこうと思う。少しだけ変えて「小説を読むこと」くらいにしようかな。

すきは無敵だけれども、初対面で「クサいやつ」と思われるのは僕の自意識が許してくれない。まあ、それで全然いい。「すきなんだから堂々と発信しなければならない」というのもおかしな話だ。「すき」なんだからそれこそ好きにすればいい。すきなものをすきでいれたら、僕はそれで満足だ。

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