ポラリスの瞳

 彼が水槽を買ってきて、うちの押し入れの中に入れた。わたしが講義に行っている間に彼はいろいろ材料を集めてきたようだ。学校から帰って押し入れを覗くと水槽の中はぐちゃぐちゃしていた。

「これ、原始の地球と同じ状態なんだよ」

 彼は誇らしげに言う。凄いねえ、とわたしは流すように笑って、台所へ向かい冷蔵庫を開ける。豚肉の消費期限が昨日で切れていた。

「光あれー」

 彼は高らかにそう言うと水槽の蛍光灯のスイッチを入れた。わたしは彼が新世界の神になったのを横目に豚の生姜焼きを作ることを決めた。

 彼はずっと同じ場所から、四角い地球を眺めている。

 夕食を終えて、わたしがひとり「お腹が痛いよお」とじたばたしていると、彼は「おお可哀想に」と言いながらわたしの頭をぐしゃぐしゃ撫でた。言葉とは裏腹にその目は可笑しそうに笑っている。腹が立ったわたしは頬を膨らませて、水槽の方に視線を移した。いつの間にか火山ができていて、すごい勢いで噴火している。

「……なんか、大変なことになっている」

「大丈夫。そのうち雨が降って、海になって、生命が生まれるよ」

 彼はもう一度わたしの頭を撫でて立ち上がり、小さな地球を眺めた。わたしはもう一度、凄いねえ、と呟いた。

 午前二時になってわたしが、ココアが飲みたいココアを飲まなきゃ眠れないと騒ぎ出すと、彼ははいはいと笑ってわたしの上着をクローゼットから取り出した。そのままココアを求め夜の散歩に出る。気付けば水槽の中は大雨で、どんどん海が出来ているようだった。

 秋の夜空に、オリオン座とカシオペヤを見つける。わたしはカシオペヤを指さして、そこから北極星を探したが見つからなかった。

「北極星、見つからないや」

 わたしが口先を尖らせると、

「そりゃあ散歩に出てるからだよ」

 と彼は笑った。

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