鮪と朝顔

 朝目が覚めると、わたしの隣に本マグロが横たわっていた。

 微かに開いたカーテンからは朝の新鮮な光の粒子が注ぎ込んで、本マグロの大きな身体をつややかに映している。濡れたカラスの羽のように、黒く七色の光を反射するその肌をぼんやりと眺めて、ああ、そうだった、とわたしは思い出す。わたしは本マグロの恋人とふたりで暮らしている。

 わたしがのそのそとベッドから起き上がると、本マグロも目を覚ましたようでゆっくりとベッドを下りてきた。彼はそのまま洗面所に向かい、小さなピンクのジョウロに一杯分の水を汲む。わたしが歯を磨き顔を洗う間、彼は朝顔に水をやるためにベランダに出た。まだやわらかな太陽光が、夜の間に冷えて固まった空気を溶かしている。本マグロが大事に育ててきた朝顔は、四つほど大小さまざまな形の赤いラッパ型の花を咲かせていた。

 わたしが行くと、本マグロは振り返り、

「朝顔の花言葉は、平静」

 と、言った。それからピンクのジョウロを仕舞い、朝飯にしようと続けた。

 わたしたちの朝は、コーンフレークにコーヒーと決まっていた。わたしはチョコレート入りのコーンフレークが好きだが、本マグロはチョコレートが食べられないので、いつも我が家にはチョコレートとプレーンの二種類が常備してある。本マグロはひれを丁寧に使ってフレークを皿に入れる。当たり前だが、本マグロは火を好まないので、コーヒーを入れるのはわたしの仕事だった。本マグロは真っ黒なエスプレッソを好む。マグロの身体が黒いのは、毎食後にエスプレッソを飲むからだと彼は言ったが、それではイタリア人だって黒いはずではないかとわたしは疑問に思った。でもそんなこと言ったら喧嘩になるかもしれないと思って口を閉じていた。

 ささやかで優しい朝食の時間に、わたしたちはカーテンを開けて朝顔を眺め、少し話をする。今日は本マグロが贔屓にしている野球チームの話をした。同じ魚の名前を持つチームが好きな彼は、ここ最近の連勝を喜んでいる。

 朝食を済ませると、わたしたちは出かける。わたしは街へ、彼は海へ、それぞれの仕事をしに行く。わたしは役所の事務員、彼はこの島の漁師たちと戦うという重要な使命を持っている。

 二人が再びあの部屋に帰る頃には、朝顔はわたしたちを待つことなくひっそりとしぼんでいるだろう。

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