冷蔵庫の匂い

 姉はわたしを冷蔵庫に仕舞う。

 母が仕事で家を開けると、姉はわたしを暗い冷蔵庫に閉じ込めた。あの頃わたしは七歳で、姉は九歳だった。

 はじめに思い出すのは、冷蔵庫の前で手招きする幼い姉の意地悪な笑顔だった。わたしは姉に言われるがままに大きな冷蔵庫の中に入り、膝を抱えて丸くなる。わたしは無抵抗だ。姉は変わらず意地悪く笑って、ゆっくりと扉を閉めた。

 わたしは暗くて寒いその箱の中で、何をすることも出来ずに丸まっていた。泣けばいいのに、と自分でも思うけれど、不思議と涙は出てこなかった。暗くて寒い。それだけだ。それ以上でも以下でもない。泣くほどのことでもなかった。

 どうということもない、ということ。あれから何年も経って、いつの間にかわたしは冷めた思いと、あの冷蔵庫の匂いを結び付けていた。

 あの遊びは、すぐに止めになった。

 姉は、わたしが泣かないのがおもしろくなかったようで、大げさに拗ねて見せていた。わたしは大して何も思わないまま、ごめんね、と謝る。身体に残る冷たい匂いだけ、しばらく消えなかった。

 大学生になった姉は、下宿先のアパートで首を吊って死んだ。

 アパートの冷蔵庫の中には、膨大な数の写真と品物が入っていたらしい。姉の恋人に関する全てのものと、彼の写真。交際は上手くいっているようだったのに、と、姉の友人は言っていた。

noteをご覧いただきありがとうございます! サポートをいただけると大変励みになります。いただいたサポートは、今後の同人活動費用とさせていただきます。 もちろん、スキを押してくださったり、読んでいただけるだけでとってもハッピーです☺️ 明日もよろしくお願い致します🙏