蜘蛛の糸

 わたしは幼いながらに、生理的に彼女のことが嫌いだった。家が近いからという理由で一緒に遊ばされることに、ずっと不満を抱いていたように記憶している。

 昔、まだわたしたちが小学校に通っていた頃、彼女と一緒に天使の絵を描いたことがある。わたしが何色もの色鉛筆を使って絵を描く間、彼女は懸命に、クレヨンを画面にこすりつけていた。出来上がった絵を見せ合うことになったとき、彼女の絵を見てわたしは小さく悲鳴を上げた。そこには黒一色で隙間なく塗り潰された円に、長い八本の脚が描かれていた。脚は中程で曲がり、先端は鋭く、ちくちくとした感触を思い起こさせた。
 蜘蛛だ。
 わたしは驚いて自分の描いたちゃちな絵を落とし、後ずさる。それから露骨に嫌な顔をして彼女に尋ねた。
「なんで、くもの絵をかくの?」
「じごくに落ちても、くもが助けてくれるから」
 天使と同じでしょ。彼女は、酷く大人びた薄い笑みを浮かべてわたしにそう言った。それが気味の悪さを助長させ、わたしはますます彼女が嫌いになった。

 そんなことを思い出したのは、今日地元の母親から、彼女の話を聞いたからだった。彼女は先日、投身自殺で亡くなったそうだ。高い建物などほとんど無い田舎町で、駅前の雑居ビルから飛び降りたらしい。葬式の間中、棺が開けられることはなかったと聞いた。
「……そう」
 小さく相槌を打ちながら、わたしは彼女が描いた、あの蜘蛛の絵を思い出していた。それと重なるように、八方に破片を飛び散らせて死んだ彼女の姿を思った。彼女の赤と蜘蛛の黒が混ざり合う。それは渦を巻きながら、あの黒く塗り潰された円を螺旋状に下っていくようだった。落ちたらもう二度と上がって来られないような場所で、彼女は蜘蛛を待つのだろう。あの気味の悪い、刺すような脚の間から降りるか細い糸を待つのだろう。彼女は糸に手を掛ける。わたしは小さなはさみで、その糸を切ることを想像した。彼女は真っ逆さまに落ちて、再び破片を飛び散らせて死ぬ。
「それは、ご愁傷さまだったね」
 わたしはそう言って、吐き捨てるように笑った。



noteをご覧いただきありがとうございます! サポートをいただけると大変励みになります。いただいたサポートは、今後の同人活動費用とさせていただきます。 もちろん、スキを押してくださったり、読んでいただけるだけでとってもハッピーです☺️ 明日もよろしくお願い致します🙏