彼岸花

   そうじゃない。

 そうじゃないそうじゃないそうじゃない。

 わたしは耳を塞いで目をつむって座りこんだ。

 違う。そうじゃない。

 こんなことが、したかったんじゃない。

 耳を圧迫する手にはまだ、感覚が残っていた。赤く染まっているはずの手のひらは熱いほどに、あなたの温度を伝えている。びりびりと血液が流れる音を聞いた。波打つ速度は驚くほど速い。視界を遮断するほどに、あなたの温度はわたしを苛む。ゆっくりと、目を開けた。

 目の前で、半分目を開けて動かなくなったあなたは、さいごまでわたしの頬に触れていた。首に残った赤いあざはわたしの両手と同じ大きさで、まるで花が咲いたようだと思った。彼岸花によく似ていた。

 めちゃくちゃにあなたを殴った。視界は砂嵐の波だった。悲鳴を上げたのはわたしで、怒鳴ったのも、叫んだのもわたしだった。非力なわたしに殴られる、あなたの悲しい目を見た。わたしは椅子であなたを殴り倒した。あなたは朦朧とする意識で、わたしの名前を小さく呼んだ。わたしは聞こえない振りをした。

 そして、わたしに首を絞められながら、あなたは笑った。困ったように笑って、わたしの頬を少し撫でた。

「はやくにげるんだよ。きちんと指紋はふきなさい」

 馬鹿みたいだった。そんなことを、あなたはさいごの息を使ってわたしに言った。馬鹿みたいだった。わたしの手を振り払おうともしなかった。こうなるのを待っていたようだった。疲れた顔をしていた。もういいよと、その目が言っていた。わたしに、わたしを、逃がしてやれと、あなたは。

 あなたの首はあたたかかった。かすかな音が聞こえていた。それを根こそぎ止めてしまった。喉の奥が鳴る音は、何処に続くかも解らない、暗く深い洞から鳴る風の音だった。わたしはそこから出てくるものが怖くて、洞を埋めてしまったのだ。わたしの目は、いつまでも泳いでいた。

 あなたの隣で嘔吐した。何も無くなるまで吐いた。胸を焼く胃酸は、わたしの視界と、同じ匂いをしていた。全て吐き出せたら良かった。内臓も骨も肉も、要らなかった。あなたをめちゃくちゃに奪ったこの身体が、めちゃくちゃになれば良かったのに。

 わたしの目は、いつまでも泳いでいた。

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