霊柩車に乗って

 バイパスを降りると、助手席に座って大人しく音楽を聴いていた彼女が、おもむろに口を開いた。
「実家の近くのバイパス沿いにお屋敷山っていう山があってね、その山頂に火葬場があったの。近辺の市町村だとそこにしか火葬場が無くて、だからうちの近くの国道にはしょっちゅう霊柩車が走ってた」
 僕はカーステレオの音量を下げて、彼女の話に頷いた。車は、工事を繰り返す狭い道路を走っている。
「この辺じゃ霊柩車って全然見ないわよね。斎場も近くにないし。だから霊柩車は、地元の懐かしい風景のひとつなの」
 赤信号で停車する。僕は息を吐き、昔父親は霊柩車を見るたびにわざと親指を出していたなと思い出していた。
「本当なら、今日わたし霊柩車に乗ってるはずよね」
 その言葉を聞いて、僕は、彼女の顔を見た。彼女は青白い顔に、授業をさぼった時のような、悪戯っぽい表情を浮かべている。
「知ってるのよ。わたし昨日死んだんでしょう」
 信号が青に変わり、僕はのろのろとアクセルを踏みこんだ。僕は困った顔をしていたと思う。情けない声で、
「ちゃんと気付いてたのか」
 と言った。彼女は呆れた顔をして、当たり前でしょ、と応える。
「ほら、見てよ。お腹が大変なことになってる」
 上着を捲って見せようとする彼女を制しながら、僕は眉根を下げた。
「このご時世に割腹なんかするから」
 その言葉に、彼女は楽しそうに口端を上げた。三島由紀夫みたいでしょ、と。僕は何だかどうしようもなくなって笑った。
「どうする? 地元の火葬場まで送って行こうか?」
 僕の問いかけに彼女は、嫌よ、葬式もないなんて、と冗談のように口先を尖らせる。
「家に帰る。わたしたちの家にいるわ。もしわたしが腐り始めたら、その時また考えましょう」
 彼女はデートの行き先でも決めるように宣言した。彼女は何ひとつ変わらず、僕の隣で笑っている。それがもう、どうしようもなかった。嬉しいやら不穏やらでどうしようもない。笑うしかなかった。
「そうだね。そうしよう」
 僕は頷く。ホームセンターで防腐剤を買って帰るために、左折のウィンカーを出した。


noteをご覧いただきありがとうございます! サポートをいただけると大変励みになります。いただいたサポートは、今後の同人活動費用とさせていただきます。 もちろん、スキを押してくださったり、読んでいただけるだけでとってもハッピーです☺️ 明日もよろしくお願い致します🙏