スピノザ

 そしてまた、プラットフォームに居る。

 駅の向こう側は何もない荒れ放題の原っぱで、西から東へ流れるようにカヤの葉が揺れている。瞬きをした瞬間、わたしは原っぱの上空で翼を広げていて、もう一度瞬きをすると細い緑色の手足で草むらを跳びはねていた。瞬きをする。土の中で穴を掘っていた。鋭い爪にやわい土が絡む。次の瞬きでわたしは川の底で息を潜ませ獲物を待ち、次の瞬きで、砂漠の真ん中で体を丸めて太陽を見上げる。瞬きをする。頼りない羽を動かして花の方へ飛ぶ。蜘蛛の巣に引っ掛かる。瞬きをする。引っかかった蝶を食らう。瞬きをする。わたしは海の中に居る。白い腹をひらりと翻して、海鳥のくちばしから逃げる。瞬きをする。わたしは走っている。目の前にはヌーの群れが居て、わたしは爪先を尖らせる。瞬きをする。恋人と手を繋いで公園を歩いている。彼の顔をわたしは知らない。瞬きをする。狭い巣の中でわたしは懸命に口を開けている。高い声でやかましく鳴く。瞬きをする。仲間の死骸を長い鼻で撫でる。瞬きをする。海の中を漂う。泡の光が見えた。瞬きをする。わたしは、風になびくように自分の葉っぱを揺らす。

 瞬きをする。わたしが誰なのか、もうわからなくなる。空を仰ぐ。雲の流れが速かった。青の先を見ようとして、もう一度瞬きをする。

 わたしは誰ですか。

 一瞬の暗闇の間に尋ねる。

 次の瞬間には、わたしは居ない。わたしは何かになって、何処かに居る。そこに、わたしは居ないのだ。

 そしてまた、プラットフォームに居る。

 わたしが居る。瞬きをする。引きずられている。違うのに。わたしは此処に居るわたしなのに。連れて行かないで。行きたくないよ。

 ずっと、プラットフォームに居る。

 わたしはいつになったら帰れるのだろう。

noteをご覧いただきありがとうございます! サポートをいただけると大変励みになります。いただいたサポートは、今後の同人活動費用とさせていただきます。 もちろん、スキを押してくださったり、読んでいただけるだけでとってもハッピーです☺️ 明日もよろしくお願い致します🙏