ブラックボックス

  彼と一緒に住むようになってから、部屋の中にどんどん不思議なものが増えている。

 彼は拾い魔で、一体どこからそんなものを拾ってくるのだと思うようなものを平気な顔で持って帰ってくる。先週はふらりと散歩に出かけたと思ったら「落ちていた」といってわたしの背丈ほどある大きな観音像を拾ってきた。あっけに取られて「返してきなさい」と言うタイミングを逃しているうちに、彼は当たり前のようにそれを冷蔵庫の横に置いた。

 今日は平日だが、わたしも彼も授業のない全休の日だった。文学部の大学三年生なんて大概の人間が週休四日制である。七月も末にさしかかり、こうこのまま夏休みに入ってもいいくらいだ。
 せっかく天気もいいしどこかに遊びに行こうかと話していたが、いざ外に出るとあんまりに日差しが強くて心が折れたので家で過ごすことにした。彼がお昼ご飯を作ってくれるというからわたしは再びベッドに戻って惰眠をむさぼっていたのだが、買い出しから帰ってきた彼はまた見慣れないものを手に持っていた。
「これ拾った」
 彼は三十センチ四方の黒い箱をテーブルの上に置きながら言った。箱は漆塗りの重箱のようにつややかで、持ってみるとずっしりと重かった。鍵も何もついておらず、開けようと思えば簡単に開けられそうだったが、外見があまりに物々しくて躊躇ってしまう。
「また変なもの拾ってきて……」
 わたしは息を吐くが、彼は悪びれる様子もなく、
「開けてみる?」
 と無邪気に言う。わたしは眉をひそめて首を振った。
「何か不穏だから返してこようよ。開けた途端に災厄が全部出ていったり波動関数が収束して中にいる猫が死んじゃったりするかも知れないでしょ」
 彼はわたしの言葉に笑って、
「大丈夫だよ。この世の災厄は全部外側にあるんだし、中に希望が残っているならきっと猫は生きている」
 と、箱に手をかけた。
「やめよう……」
 やめようよ、と言いきる前に、彼はあっさり箱を開けてしまった。わたしは嫌な予感がして思わず目を瞑る。
「じゃーん」
 軽快な彼の声が聞こえた。わたしはおそるおそる目を開ける。見て、と彼は楽しそうに箱の中を示した。そこには揃いの二つの指輪が入っていた。黒い空間にぽっかりと浮かび上がるように置かれた、銀の指輪。わたしはぽかんとする。
「今日何の日か覚えてる?」
 彼が笑った。わたしは改めて日付を確認する。
「ああ、そっか」
 わたしは思いだして、呟くように笑った。すっかり失念していた。三年前の今日、わたしたちは付き合い始めたのだった。
「凝った真似するねえ」
 わたしは笑いながら、小さい方の指輪を取り出して指にはめる。ちょうどいいサイズだった。
「ありがとう」
 指輪のはまった右手の薬指を見ながら言って、
「この箱、一体どこから調達してきたの?」
 と、彼の方を向き直った。
「これは先週拾ったんだ。見つけてすぐ開けて、指輪を入れようと思って中身は出して、」
「ちょっと待った」
 当たり前のように話し始める彼の言葉を遮った。彼は不思議そうな顔をするが、わたしは血の気の引いた顔で尋ねる。
「何が入ってたの?」
「あいつ」
 彼は、冷蔵庫の横の観音像を指さした。


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